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感じのいい「人間ぎらい」を目指す

現状確認 on 2020/6/2

■PCR検査陽性者(=感染者)16,986(前週比+335)
■PCR検査実施数 300,277(+21,565)
■入院治療必要者 1,308(▲495)内確認中 12(▲9)
■退院者 14,771(+798)
■死亡者 900(+42)
 ー 厚生労働省 2020/6/2 0:00時点
参考)日本の人口 1億2,590万人(前年同月比▲29万人 前月比▲6万人)
 ー 総務省統計局 2020/5/1現在(概算値)

とうとう厚生労働省のHPでも、6/3分は簡易版で感染者(17,018人)と死亡者(903人)だけの公表となってしまいました。我が家にも、本日ようやくアベノマスクが配達されてきました。給付金の申請用紙は未だ郵送されてきておりません。

10年以上住んでいる横浜市は好きですが、大都市ゆえに行政サービスにきめ細かさやスピード感は期待できないなあ、とはあらゆる場面で感じます。「応援している」と言いながら、二枚舌でついついふるさと納税の方を優先してしまいます。

横浜市内の業者への支援も、行政側から自発的には動いてくれず、要請されてからの対応が多いという話を聞きます。大組織で懐事情も宜しくないのは理解するのですが、ネット時代ではサービスの差は可視化され易いので積もり積もった不信感がどこかで爆発しないか心配です。

齋藤孝氏から得る生きるヒント

昨日、齋藤孝『50歳からの孤独入門』を読み返しました。本書は、50歳を超えてからどう生きるかという知恵の詰まった本で、気分が塞いだり、思い悩んだりした時の身の処し方のヒントを貰っています。今回「人間ぎらいのすすめ」という(P78~80)項目が響きました。

著者の齋藤氏自身が、色々苦しんだ経験をお持ちなので、アドバイスが深いなあと思うことが多いです。私が信条としている「気分良く生きる」も、齋藤氏の『不機嫌は罪である』に感化されている部分が大きいです。

「人間ぎらい」を肯定する

長年「人間ぎらい」「社交ぎらい」は私の悩みの種でした。ビジネスマンとして社交性の不足は諸々マイナスに働くことも多く、致命的な欠点だったと思っています。これについて、齋藤氏は

もし自分の中に「人間ぎらい」という性質があったとしたら、中高年になったときにそれを不機嫌ではない形で落ち着かせていくことは、決して悪いことではありません。(P80)

と言われていて、すっと心が軽くなりました。

矛盾しますが、私は人には興味があるのです。心から信頼し合える仲間と長く濃い関係を築きたいという思いは人一倍強い方だと思います。

ただ、相手や周囲にきめ細かく気配りしたりとか、人付き合いの機微を察して阿吽の呼吸で… 義理人情に厚く… といったことはからきしダメです。仮に気付いても「面倒臭いなあ」と思って無視している内に相手が気分を害してしまったり、愛想を尽かされて相手にされなくなったり、という失敗を何度も経験しています。

そういう失敗を繰り返して人間関係を構築することの難しさ、煩わしさを思い知る内に、すっかり社交に憶病になってしまい、「人間ぎらい」の性質が強くなりました。人との親密な交流は避けるようになっていきました。

感じのいい「人間ぎらい」という道

今では、「他人の事情には深入りしない」「他人の好意には期待しない」という姿勢であり、対人関係では大怪我さえしなければいい、というのが、人付き合いする時の基本スタンスになっています。

必要な社交の場では、自分の周囲に不機嫌オーラを巻き散らして、人を遠ざけるような振る舞いだけはしないように気を付けています。「感じのいい人間ぎらい」を目指します。これは油断していると、怠りがちなので、普段の生活から訓練していかないといけません。

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