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『東京百景』を読む

本日の読書感想文は、又吉直樹『東京百景』(角川文庫)です。

オンリーワンの芸人、又吉直樹

又吉直樹氏(1980/6/2-)は、芸人・読書家・著述家として知られ、処女小説の『火花』で芥川賞を受賞しています。その後に出した『劇場』『人間』もヒットし、今ではお笑いの仕事よりも小説家・文化人としての活動の方が目立っています。

私の又吉さんのイメージは、『唯一無二のオンリーワン芸人』です。NSC東京5期の同期である綾部祐二さんと2003年に結成したお笑いコンビ、ピースでは、2010年のM1グランプリで決勝に進出(最終成績は4位)しています。綾部さんが活動拠点をニューヨークに移したため、ピースとしての活動は休止状態ですが、本質はあくまでもお笑い芸人だと思います。シュールなコントや漫才をまた見てみたいものです。

又吉さんは見た目のインパクトがかなりあります。ちょっと小汚い格好をすれば、本人も自虐的に語る、”死神”とか”落ち武者”とか”犯罪者”の風貌です。ぼそぼそと喋り、挙動不審的な動きもします。喋りもシュールで独特です。本書でも、しばしば警官から職務質問されるエピソードが出てきます。

一方で、少年時代からサッカーに打ち込み、高校時代には大阪の名門北陽高校でレギュラーははり、国体の大阪府選抜にも選ばれているスポーツマンでもあります。太宰治や三島由紀夫らの文学作品を読み漁る姿とのギャップも魅力です。腕力をゴリ押ししない(できない?)生き方が好きです。

エッセイが好き

私は、又吉さんの書くエッセイが好きです。2016年に出た『夜を乗り越える』(小学館よしもと新書)はとても面白くて、何度も読み返しました。

本書のオリジナルは2013年に発売されており、今回取り上げるのは2020年4月に発売された文庫本版です。又吉さんが28歳から32歳頃に雑誌連載用に書いたもの100篇に、文庫本用に書き下ろした1篇が追加され、百一景になっています。カバーの女性はのん(旧:能年玲奈)さんです。

18歳の時に出て来た東京で出会ってきた景色を、その時の出来事とシンクロさせて描くスタイルに好感を持ちました。「はじめに」に書かれた以下の文からもわかるように、又吉さんが東京という場所でもがいてきた軌跡が詰まっています。

この先、仕事が無くなることも、家が無くなることもあるだろう。だが、ここに綴った風景達は、きっと僕を殺したりはしないだろう。(P5)

印象に残ったことば達

私は好きな作家の印象に残ったことばを意識して書き留めておくようにしています。本書にも、「書き抜いておきたい」と思う印象的な文が幾つも見つかりました。

僕も誰かから「こうするべきだ」と言われても、自分が信じられない場合はやらない。自分が信じる方法でしかやりたくない。(P27)
普段優しい人が追い込まれて豹変し自分に牙を向けるのが恐ろしく、どうしたものかと考えた結果、最初の優しさを拒絶すれば、大きく裏切られることは無いという結論に至った。(P63)
「頑張って」と言えば、人が頑張れると思うのは大間違いである。(P71)
四十七 武蔵小山の商店街 (← 声出して笑った)
四十八 四ツ谷の黄昏(← 幸せな気持ちになった)
六十一 阿佐ヶ谷の夜(← 素敵な話)
過去を引きずる男はみっともないらしい。僕は引きずるどころか全ての思い出を引っ提げて生きている。思い出が僕の二歩前を歩いていることさえある。(P207)
ものづくりも然り。大人が死に物狂いになって血だらけで作った品にしか銭を払う気がしない。簡単に良いものを拵える天才もいるのかもしれないけれど(P210)
悩むのも、割り切るのも自己弁護に過ぎないのかもしれない。(P212)
ドブの底を這うような日々を送っていた。(P216)
あれ? 俺こんな駄目な感じやったっけ? などと思うのだけど、まぁ、いいか。というか、もう、ええか、という具合に力が入らない。(P216)
漱石の墓の右後ろに、池袋駅前の高層ビルが見えるのだが、散々墓を見た後に、見晴らしの良い場所で視界に入るそれは大きな墓にしか見えなかった。(P230)
人と関わることは確かに怖い。しかし、人と関わらないと確固たる意志を示すことは更に強い恐怖をもたらす。(P241)
本当の地獄というのは必ず孤独の中ではなく、社会の中にある。(P241)



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