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車から転がり出る男

皆さんは走っている車から転がり出る人間を見たことありますか?

私は昔ビデオ制作会社で働いていました。専門学校を出て初めての就職先でした。ビデオカメラを担いで撮影、会社に帰って夜遅くまで編集、終電は当たり前の日々でした。

ある時、企業案件で撮影に出かけ、その日の最終カットである、車の流れを撮る、ということで新御堂(大阪市と北摂エリアを繋ぐ大動脈です)の歩道橋の上にカメラを据えました。

「俺、ちょっと用事で席はずすから。頼むね。すぐ帰ってくるから」

ディレクターがその場を離れて一人になったので、私は直ぐにカメラを回し始めました。

しばらく撮影し、一通り撮り終えたのでカメラをケースに入れ、帰る支度を始めました。すると、何やら異様な音が聞こえてきました。ギャーというかギシャーというか、聴いたことのない音です。

「な、何!?」

一気に緊張モードに入った私は帰り支度の手を止め、立ち上がって道路を見渡しました。

「え!?」

遠くの方から中央分離帯に車体を擦りつけながら、白煙を上げて車が迫ってきていました。擦り付ける抵抗も働いて、時速は30〜35キロくらいだったでしょうか?
身を乗り出して運転席を見てみると、スーツを着た二人の男性が。

車が近づくにつれ、中の様子がわかってきました。
運転手のほうが胸を押さえて苦しんでいました。苦しいので完全に目をとじています。そして、助手席のほうの男性が身を乗り出して、必死にハンドルをつかんで操作しているのです。

「え、えらいこっちゃ!」

胸がドキドキして足も若干震えてたと思います。今目の前で起こっている事が信じられませんでした。
職業柄、撮らねば!という思いはありました。しかし、スマホなんてない時代です。そして、今しがた使っていたカメラは一千万円以上するデカい代物で、しっかりケースにしまった後。どのみち間に合いません。

車はどんどん私が立っている歩道橋に迫って来ています。私はなすすべもなくただ見ているだけでした。
その時です!助手席の男性はハンドル操作を遂に諦めました。そして、なんと自分側のドアを開けたのです!

「えーっ!」

私は思わず歩道橋の手摺を握りしめました。その男性は体を半分車体から出して、前後の他の車の様子を見ています。
そして、タイミングを見計らって遂に車外に転がり出たのです!

「ウオーッ!」

よく覚えてませんが、多分叫んでたと思います。幸い後続車に轢かれる事なく、何回転かした後、その男性はすくっと立ち上がりました。そして、よろよろと未だ車体を擦りながら走り続ける車を追いかけ始めました…

もし、男性が転がり出た後車が大爆発でもしていたら、それは映画の撮影だったでしょう。しかし、ハリウッド映画じゃあるまいし、そもそもこの日本でこんな撮影許されるはずがありません。
このあとどうなるのか、大惨事になってもおかしくない状況でしたが、道路はこの先下りになっており、私の所からはもう見えなくなっていました。

呆然としているとディレクターが戻ってきました。
「今どえらい事がありました!」
事の顛末をディレクターに話すと彼は言いました。
「えーっ!ほんまか!で、撮ったか?」
「機材しまった後だったんで、無理でした」
「そうか…残念…」

職業病といいますか、どうしてもこうなるんですね。
その瞬間を撮れたかどうか。それがすべて。最優先事項なんですね。その後に人の心配。カメラを生業にしている人にはわかってもらえると思います。

翌日、えらい事にならなかったか新聞を見ましたが何も載っていませんでした。
とりあえず大変なことにはならなかったようで(ほんとにそうだったのか?)ホッとしました。

今でもあの男性が転がりでる瞬間は、スローモーションでしっかりと私の頭に刻み込まれています。

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