貸本屋三代目店主、いよいよ立ち退きへ!どーする? どーなる!?〜Vol.2〜


みなさま、こんばんは!
お初にお目にかかる皆様、どうぞよろしくお見知りおきを。

私、ゆたか書房のマリと申します。

貸本屋3代目店主、第2話をつらつらと続けさせていただこうと思います。

さてさて、前店主さんによれば、
週6日の営業で12時間も店を開けていても
月利がたったの5万円ですよ、と。


非常に言いにくそうにそれを伝えてくれたのは、ともこさんの旦那様。
いつも飄々としている、たかさんでした。


もちろん、それを聞いた瞬間、
驚愕した自分ではありましたよ。

だって自分の人件費を考えれば、
初期投資100万円を回収するどころの話じゃない。
マクドナルドでアルバイトしてる高校生の方が、よっぽど儲かるよね!
って話なんですから。。。


とはいえ、もう肚をくくったわけです。
やると決めた以上は、しっかりきっちりやるしかない!!

あの時の私、実はこう決意しておりました。

「期間限定2年間。前店主のともこさん夫妻に恥ずかしくないよう、
昔からいるお客さんも大事にしながらやるのが正統!
それで2年間楽しんだら、綺麗に店を閉めましょう」と。

ええ。そうなんです。
賃貸契約更新までの2年で辞めるつもりだったんです。
こんなにも長くやるつもりなんて全くなかったんですよ。

今回は、「店を引き継いだ当初の決意」のお話をさせていただきましょう。

人によっては、私のスタンスを不快に感じる方もいるでしょう。

でも、大変恐縮なのですが、
それが、私と、ずっと応援してきてくれたお客さんたちで
つくり上げたゆたか書房なんです。

この先は閲覧注意で、「読む、読まない」は、
みなさまの自主性にお任せすることにしましょう。
苦情も苦言も一切受け付けませんので悪しからず。。。

さて、しつこいようですが、この店というものは、
そもそもが資本主義社会にあるまじき異常な空間です。

なので、「店をやってるくせに、客に対して生意気だ!」
(正直申せば、「のび太のくせに生意気だ」的なご意見だと思います)
「お客様あってのことでしょ!」等々の
苦情も苦言も、毛頭受け付ける気はありませんでした。

だって、これがもし皆さんだったら、同じことを思いませんか?

無償労働だと承知した上での継承であり、
かつ、80円〜100円がコアの貸し賃じゃなきゃヤダ、
なんでアンタに変わったら高くなるのよ?という、
そんな常連さんがたくさんいることも十分想定できる状況です。

実際のところ、店主交代した当初には、
「自分はこの店に長く通ってきたんだから、
ポッと出のアンタのことなんて認めないからね!」的な発言で、
マウンティングしようとするお客さんもいたわけです。

そこを織り込み済みで行くなら、
古くから通い続けるみなさんに新参者の自分を容認していただくためには、「値上げなんかとんでもねーですよネ!スンマセンでしたっ!」
という結論以外はないんだろ〜なあ、と。。。

値上げすれば反発を買う。ならば、それはできない。
つまり、「儲からないまま現状維持で行くっきゃない!」
ということなのだと、最初から認識したのです。

でも!! だから! だからこそ!!

「お客様は神様です!」などという、
三波春夫のことを誤解した出血大サービスなんて、
鼻血どころか全身から血が噴き出る大大大サービスなんて無理。

そんな慈悲深い無償の慈善事業のような行為など、
マリア・テレサか、火の鳥の八百比丘尼くらいの
別次元のステージにでも到達してなきゃ絶対に無理だ!!

後々には、『らーめん才遊記』の芹沢さんの言葉、
「お客様は神様ではない。人間だ!」に深く同意した自分なので、
ハナから格好をつけることなく、誰に阿ることもなく、
素直にそんな自分を認めようと思ったのでした。

たとえば、水木しげる先生だったら話は別でしょうが、
私なんて、戦火の一つすらくぐり抜けていない、
フツーに現代を生きるちっぽけな人間なわけです。
特別な人間でもなく、生きてきた年数程度の器なわけです。

だからもう、そこは潔く。ええ、潔く!! 

頑固親父のラーメン屋もかくや、とばかりに、
自分自身が納得できるように、
新規入会における「鉄の掟」を最初に決めたのでありました。

第1に〜〜〜!!

私の説明を10分間、我慢して聴ける人でなければ
入会は絶対にさせないということ。


第2に〜〜〜!!

「お客様は神様だろ?なんでもやれや!」というスタンスで
入店してくる人々を、完膚なきまでに叩きのめしてやること。

例えば、コンビニでお金を投げるように払うお客さんがいます。
そういう人にとって、コンビニの店員さんは
ただの風景でしかないわけです。

それはつまり、圧倒的な想像力の欠如によって、
自分が風景だと思っていた人々に「アイツ」呼ばわりされること、
ともすれば、おかしなあだ名をつけられているかもしれないことを
全く理解できていないということでもあります。

これは、自分がお客さんの立場だった時代から
「双方にとってよろしくない」と思い続けていたことでもありました。

街の一角にある小さな店であっても、
それを運営しているのは、あなたと同じく人間である。
あなたが主役の人生においてはただの風景かもしれません。
けれど、その人の人生においては、その人自身が主役なのです。

だから、それを一切理解することのない人には思い知らせる。
「チャリーンとお金を投げるような人間など、許すまじ!!」と。


そんな決意のもと、
当初の2年間、開店時間は15時半から23時まで、
お休みは日曜日と祝日のみといたしました。

「鉄の掟」を徹底するための入会説明は、
この営業時間と休業日の話から始まります。

続いて、
「この世の中に貸本屋が全然ないのはなぜか」と問いかけます。

たいていのお客さんはここで言葉に詰まるものなので、
「それは全く儲からない商売だからであり、
普通に儲かっていれば貸本屋はそこら中にあるはずだ」と、
想像力を膨らませてもらうための説明をします。

その上で、さらにこう伝えます。
「そういうわけで、この店は『店であって店でない、治外法権エリア』だと考えて欲しい。人と人との関係性を大切にし、入る時も出る時も挨拶をするのが当然だと思ってほしい」と。

そして、最後にこんな確認を取るわけです。
「そういうわけだから、人として非礼な振る舞いをした瞬間に、
私は老若男女構わず、すべて説教するつもりだけど、
それでもあなたは会員になる気がありますか?」と。

この10分の説明は、私もしたくてしているわけじゃありません。
これはいわば、入団テスト。こんなおかしな人がやる、おかしな店を
面白がれるような耐性と度量があるかどうかを推し量っているのです。

その間に、「チッ、うるせー女だな」「入っちまえばこっちのもんだろ」という目つきをしようものなら、即座に追い返すという方針も決めました。

また、本を持ち逃げしそうになった場合には、
どんなに時間が経っても構わないから、
「必ずポストから返却すること」をお願いすることにしました。

これについては、まず、
「信頼して貸したのにそれを裏切るなんていけません」という思いがあり、
かつ、「この店、スタート時点からボーボー燃えてるくらいの赤字なんです」という実情があります。

だけど、自分的に心底思ったのは、
「後ろめたさによって、元お客さんがこの店の前をうつむいて通らなきゃいけないような事態が起きるのが一番嫌だな〜」ということなのでした。

ですから、顔を合わせず、お金も払わずに済み、
「でも返却しようという気持ちはあったんです!」という、
相手の最後の良心を感じて自分の溜飲を下げる仕組みとして、
このルールを採用することにしたのです。

前店主さんも、「会員にしたくない無礼な人」は
絶対に会員にしなかった。

この店の直系の後継者だった、
素敵にアナーキーなともこさんはもちろん、
物静かに店の前でタバコを吸っていた旦那様のたかさんも
「店のくせに何なの、その態度は!」と逆ギレした人には、
「それは、俺の店だから!」と言い放っていたわけです。

最終的な局面では、リンカーン大統領の演説で言うところの
「By the俺、Of the 俺、For the俺」ということです。

あなたにとって、こんな店など無くなったっていいのかもしれないけど、
私にとっても、そんなあなたには会員になってもらわなくていいのです。

なぜなら、「それは、私の店だから!」

そう。家賃を払うのも、無償労働をするのも、
経営難に陥った時にケツを持つのも、ぜーんぶ自分なのですから!!
好きなようにやる。でも、昔からのお客さんも大切にする。
これが、私が最初に決めた方針だったのであります。

ちなみに、「持ち逃げ」については、どんな人でもやる可能性はあります。
足繁く通ってくれた愛想のいい主婦の方が突然持ち逃げするのです。
自分の悩みごとを散々相談していった子が、どこかでいきなりやるのです。

けれど、その逆も然り。

ある日、爪楊枝をくわえながら入店してきた子がいました。
ヒップホップテイストのその若い男の子に対し、
私が最初に言った言葉は、「その爪楊枝をここに捨てなさい」でした。
つまり、叱られる側の子だったわけです。

そんな彼が『進撃の巨人』をまとめ借りしたまま1ヶ月間、音沙汰がない。
「ああ、半年に一度のペースで持ち逃げって起きるのよねえ・・・」と
失望感に苛まれたその矢先。

「実は先月に引っ越して埼玉に住んでいるんですけど、
超過料金の6000円を払いに行きます!」と、
はるばるやってきて、しっかり超過料金を払ってくれたこともあるのです。

世界は、「愛」と「愛ではないもの」で出来上がっているわけですが、
こんな小さな貸本屋にも、愛があったり、愛がなかったりする。

それは、この先長く続く7年超の日々の中、
私自身が思い知らされたことでもありました。


つづく・・・・・・・・

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