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貴族の矜持と苦悩ー「結婚商売」にまつわる雑学①〜⑤に寄せて

雑学①〜⑤で、爵位の成り立ち、下級貴族の息子たちの悲哀、キリスト教の教義に遠因する騎士道と恋愛事情、貴婦人の立場を見てきました。
これでなんとなく、ザカリーとビアンカ、その周辺人物たちの置かれている状況がわかったような気がしています。

ところで、「結婚商売」(特に原作)を読むようになってから筆者が折に触れて思い出す作品が3つあります。それぞれの時代は異なりますが、描かれている「貴族ゆえの苦悩」は通じるものがありますので、息抜きがてらご紹介したいと思います。

男も女も生きづらい!貴族社会を扱った作品3つ

以下に挙げる池田理代子先生の2作品は母の蔵書で、小学生の時に読んでいます。この2作に人生の序盤で触れてしまったためか、筆者は「貴族の生活や人生は、私たちがイメージする夢物語ではない」と常々ドライに思っています。

娘の人生はどこまでも…

まずは池田理代子先生の代表作「ベルサイユのばら」。日本人でこの名前を知らない人はいないのではないでしょうか。
主人公のひとりオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将(架空の人物)は、代々将軍を輩出した名門ジャルジェ伯爵家の末娘です。
このオスカル、元祖「男装の麗人」キャラとして余りにも有名ですが、実際にオスカルの人気を普遍かつ不動のものとしたのは終盤で彼女が見せた「社会の構成者としてどう振る舞うか」の決断ゆえではないでしょうか。そして、その決断の背景にあるのは「もし自分がよくある貴婦人だったら」という酷薄なIFです。

マリー・アントワネット付きの近衛兵から近衛連隊長という華々しいキャリアを重ねたオスカルは、「黒い騎士」こと活動家のベルナールを放免した責任をとって衛兵隊に転属します。この騒動の渦中で彼女はヴェルサイユからパリへ出向くのですが、そこで目の当たりにした市民の窮状、衛兵隊で部下となった貧しい下級貴族アラン・ド・ソワソンの嘆き、そして自分の従卒アンドレ・グランディエとの身分差といったものを直視するようになり、平民側の思想に傾いていきます。
自分の出自である貴族社会との決別を覚悟した革命直前、彼女は父・ジャルジェ将軍に問います。
「もし自分が女として育っていたら、姉たちのように15になるやならずで嫁がされていたのか?」と。
父は厳然と肯定します。そのときオスカルは、女性として生きられなかったことを嘆くのではなく、
「感謝します、父上…。このような人生を与えてくださったことを」
と、社交界と嫁ぎ先の領地に縛られて生きる姉たちと違い、自らの力で生き、社会と国家の在り方を考える機会を得られたことに心から感謝したのです。

このシーンは個人的に「ベルばら」の白眉と思っていますが、ビアンカの生きた時代から300年経っても貴族の娘の人生はまったく変わっていなかったことがよくわかるやり取りでもあります。

ザカリーの時代から続いた騎士道精神の最期

フランス革命からおよそ130年後、同じく池田理代子先生が20世紀初頭のドイツ音楽界とロシア帝政の崩壊を描いた傑作「オルフェウスの窓」
こちらも物語の中心のひとつは貴族社会です。

ロシア編の主要人物に、レオニード・ユスーポフ侯爵というロシア帝国軍指導者がいます。怪僧ラスプーチン誅殺計画者の一人として史実に名前が残る人です。

彼は20世紀に生きながら、ザカリーのようなゴリゴリの騎士気質の男性です。また腐敗しきったロマノフ王朝と貴族社会に憤慨し、民衆の怒りにも一定の理解を示す非常に理知的な人物でもあります。それでもなお帝国軍人という立ち位置を変えることはできず、帝政復活のクーデターにも失敗したことで「もはやここまで」と自決します。己の生涯を「生まれたときから国のために働く戦闘バチだった」と定義して死んでいったさまは壮絶でさえあります。

騎士道は武士道との共通点を取り上げられることがありますが、違いのひとつが「自決」です。武士道は屈辱を受ける前に割腹することが潔しとされますが、キリスト教の影響下で成立した騎士道では自殺は禁じられており、死ぬまで徹底抗戦することが騎士の名誉。
レオニードの最期は決然としたものでしたが、自決前のモノローグの終わりは「名を惜しむゆえに神に背く」でした。ローマ帝政期からヨーロッパの軍人が2000年近く引きずり続けた「騎士」としての誇りが散った瞬間です。
(背の高い寡黙な美丈夫という要素もザカリーと似ています。筆者が初めて憧れた2次元の男性でもあり思い入れはひとしおですが報われない人でした)

そして聡明な妹のヴェーラ。
「泣くのはいつも女…時代がどんなに変わっても。これまでいったい何人の母が、妻が、妹が、涙を流してきただろう」
と兄の選択を嘆きながら、ヒロインを故国ドイツに送り届けたのち亡命します。
この兄妹の姿は、まだ小学生だった筆者に「戦争は国や身分にかかわらず人を苦しめるものでしかない」と強く思わせたものでした。

女傑になれず旅に消えた貴婦人

そして3つめがミュージカル「エリザベート」。オーストリア皇后エリザベートの人生を「死」に絡めて描いたウィーン発のミュージカルで、日本では東宝と宝塚歌劇団が再演を重ねる大ヒット作ですが、ここでも身分の高さが人生を左右する姿が描かれています。

象徴的なのがエリザベートの少女時代。彼女の生家マクシミリアン公爵家はバイエルン王国の傍系でした。父は王位継承順位から遠く、そのくせ大金持ちという自由人。バイエルン王家出身で気位の高い母ルドヴィカより父に憧れていた少女は、雑学⑤にも書いたとおり「プリンセスじゃなかったらサーカスに入って曲馬師になるのに!」と言って家庭教師たちを慌てさせます。
しかし現実は残酷なもので、母方の従兄フランツ・ヨーゼフ1世、つまりオーストリア皇帝に嫁ぎ皇后になります。公女どころの騒ぎではなくなってしまうのです。

物語の中で夫のフランツは「皇帝は自分のためにあらず、国家と臣民のため生きる、険しい道を歩む者。妻となる人にも等しく重荷が待っている」とド正論を吐きますし、姑のゾフィー皇太后は宰相メッテルニヒを三月革命に乗じて更迭したり、いつでも謁見できるようにドレスのまま入浴していたという逸話もある「リゲイン」のCM(♪24時間戦えますか)を地で行くような女傑です。

エリザベートは結婚後オーストリア=ハンガリー二重帝国の維持や病院訪問といった慈善活動には熱心な一方、苛烈な嫁姑問題や夫の不貞(おまけに夫に梅毒を移されるという情けなさ)といった家庭問題から逃れるように、父マクシミリアン公爵のような旅鴉の人生を送った末、スイスで暗殺されて客死を遂げました。フランツは惚れた弱みで惜しみなく彼女の旅費を計上しましたが、彼ら夫婦は最後まで「愛しているけれど分かり合えない」ままだったと言われています。

余談ですが、本稿のタイトル画像は「オルフェウスの窓」第1部・第4部の舞台であるドイツの古都レーゲンスブルクのトゥルン・ウント・タクシス侯爵家の居城「聖エメラム宮殿」(第1部の中心である聖セバスチャン音楽院のモデル)を筆者が2017年に訪問して撮影したものです。

タクシス侯爵家はイタリア・ロンバルディアの自治都市ベルガモに祖を持ち、13世紀からヨーロッパの郵便システムを担った大貴族です。
そしてフランツ・ヨーゼフ1世に嫁ぐ公算が高かったエリザベートの姉ヘレネが降嫁した先でもあります。

タクシス侯爵家は現存しており、現当主はマーク・ザッカーバーグが登場するまで最年少のビリオネアだったそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/帝国郵便


この3作品のセリフを振り返ると、男(オスカル含む)は王侯貴族・騎士としての誇りや義務に真摯で忠実な一方、女性たちは一様に、縛られて生きることの哀しさを伝えています。また、ここには挙げませんでしたが手塚治虫先生が地元の宝塚歌劇を見て着想を得た「リボンの騎士」の主人公サファイアも同様です。

そう考えるとビアンカって、人生やり直しなだけあってメンタル強靭だなと思いますね。「たとえ9歳以前に戻っても父の方針は変わらないだろうからザカリーと結婚する以外の道はない」と割り切って行動しますし、貴婦人としての矜持に溢れ、できることは全てやってザカリーを救おうとするのですから。

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