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『空気のない世界にいた』#シロクマ文芸部

読む時間がすっぽり消えてしまったのは、ねこが死んでしまった暑い夏の日のことだった。「自殺したくなったら本を50冊読んでからにしろ」と何かで知って、その通りに本を読むと、死ぬことなんてどうでもよくなって、今まで生きてきた。
それなのにいつもある読書灯がパチンと音を立てて消えてしまったように、わたしの読む時間は消えた。
ねこのせいじゃない。
どうしても言葉が、活字が、頭に入らない。
食べないと死んでしまうと思うのと同じぐらい、わたしはその暗闇だか砂漠だか深海だかわからないところを彷徨っていた。
空気がない。息ができない。
過呼吸になるのは酸素を吸い過ぎてしまうわたしのくせだ。
そんなことも忘れてしまうほど、読む時間が消えた。何もない、ただそこを歩くわたしは死んだように生きていた。

ただよう闇にふとあかりが見えたと思ったのは、気のせいかとそちらを見ると、スマホの画面に言葉があった。

ねこの写真と「一緒にいるだけで楽しかった」
あれ?LINE?
そうじゃない。
ポップアップのように浮かんだ言葉はどこを探しても見つからない。

わたしはその言葉を探し続けた。見つけたところで何が救われるのか、どうなるのかわからないまま、活字を追った。読書灯が弱く、そしてだんだんと強く灯った。

探していると10年前に死んだ猫のことを思い出した。あの時も空気のない世界にいた。でもついこの前まで一緒にいたねこがちっちゃい子猫で、おばあちゃん猫との別れの悲しみを忘れさせてくれるぐらいおてんばで、やんちゃで、笑わせてくれたことが息をさせてくれたんだった。

わたしはいつも物語の中に逃げてきた。
いや逃げじゃない。息がつけるところだったのだと、ホッとした息をして、それから深呼吸をした。
向き合うしかない。助けられなかったと思うのは、じぶんの奢った自己満足だ。

「それと、あたしに伝えてたんだと思う。傍にいなくても大丈夫なくらい、たくさんのものを渡しただろ。もうあんたはいろんなものを持ってるだろって。そしたらいま、夢でふたりが笑ってた。何も言ってくれなかったけど、でもすごく嬉しそうにしてた。だからあたし、ちゃんと伝わったよって言ってやったの。すごいでしょ、自分でもびっくりしてんのよ!って。あいつら、笑うだけだったけど」

『宙ごはん』町田そのこ著P394

言葉にならない思いを書いてくれたことに呆然とし、ねこが伝えてきたことを受けとめる。

壁というのは、出来る人にしかやってこない。超えられる可能性のある人にしかやってこない。だから壁があるときはチャンスだと思っている

イチロー

わかった。わかった。ねこたちよ。
息ができないことはあなたも体験したからわかるのね。
わたしは息をついて写真に呼びかける。

ありがとう。
また相談してもいい?

答えはいつでもわたしにサインを送ってくれてると知ってる。
それに気付けるわたしを、言葉のない世界から受け取ろう。
そう思いながらとつとつと、読む時間は流れていく。




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