【2021/3/29】誰のために生きるのか
当たり前に、第一には自分のため。
でも自分のためだけに生きている人なんていないと思う。
愛する人を幸せにしたい
家族に元気でいてほしい
仲間を楽しませたい
こんな感情は多くの人が持っているものではないか。
年齢を重ねるごとに「生きる意味」や「人生」というものを考えてしまうのは仕方ないことだと思う。もうそれなりに長く生きてきたから。それに悪いことでもない。勢いやノリでつき進めた10代や20代とはやっぱり違う。自分だけではなく周りも変化していく。そんな自分に「年を取ったなぁ」と思うこともあるが、考えている自分を嫌いでなかったりもする。
そんな答えのないことを信頼している先輩に聞いてみたり、気の合う仲間とあーでもないこーでもないと語ったりすることも増えた。大抵、みんな考えているし、悩んでいる。
わたしにとっての「誰か」は誰だろう。
結婚しているわけではないから、やっぱり家族かな。
でも父や母のために生きるというのも少し違う気がする。
期待に応えたい
健康でいてほしい
楽しく生きてほしい
そうは思うけれど「ために生きる」とはやっぱり違う。
親になったことがないからそう思えないのだろうか。
子どもがいれば、親のために生きると思えるのだろうか。
誰かのためにと思える人がいない自分はいかがなものか。
10年前に放送されて見ていたドラマ「Mother」
GYAO!で配信されていたので見ていた。
いろんな家族のカタチ、いろんな母親の姿、娘のふるまい、それぞれの幸せと生きる意味。
毎回号泣していた。芦田愛菜ちゃんの怪物級の演技と愛らしさ、松雪泰子さんの儚さと強さ、そして誰もあなたにゃ勝てないよ田中裕子さん。高畑淳子さんも最高にステキだし、脇を固める俳優陣の素晴らしさと言ったら。坂口裕二先生の脚本もさることながら、芝居の美しさに毎回「うまい…うますぎる!」と自然と口からこぼれていた。
そしてやっぱり女性は自分と重ね合わせる部分が大いにあって。母と娘、親と子、そして女であること。当たり前だけど当たり前じゃない関係とか。どうしようもできない、でもどうにかしたい距離感とか。すごく理解しているようで全然わかっていないもどかしさとか。
母になっていない私ですら刺さりまくるのだから、母の皆さんが泣かずに見られようか!
10年前のことだからストーリーの記憶も曖昧だったけど、「こんな設定だったのか!」とか「そんな伏線と回収があったんだ!」と初見と同じような、いやそれ以上に楽しむことが出来た。
そして見終わった後に「誰のために生きるのか問題」が再び重くのしかかってきた。
本当は誰もがまず自分のために精一杯生きて、そして少し余裕ができたら他の誰かのために頑張ることができたらいいのかなと。自分の人生は自分だけのものだし、その誰かにも自分の人生があるから。自己中心的な考えなのかもしれないけれど、やっぱりわたしは自分のためにしか生きられないのかもしれない。
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