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毛布#7 『プロセスを信頼する/明るい方を向いていく身体』


 あまりにも色々なことが凝縮されて、すごいスピードで終わった3月。

 5月刊行予定の新作詩集『消えそうな光を抱えて歩き続ける人へ』にどっぷりと取り組み、ついに詩集の原画が完成した。
 制作モードの時は、本当にちょっと特殊な状態になる。
 紙と自分との間で、拮抗した剣道の試合のような、緊張した感覚が続く。紙やキャンバス、板のことを「支持体」というと教えてもらった。(たしかにな、というくらい、紙には支えてもらう。普段、線画をペンで描いて、取り込んでデジタルで絵を描くことの多い私にとっては、珍しい全部手描き……オールアナログの絵。物質を物理的にぶつけるものを紙に支えてもらう、受け止めてもらうのだということは今回また体感した。)

 デジタルの利点のひとつは、圧倒的に作業の体力が楽ということと、時間が速いこと、いろいろ試せることだと思うのだけど、今回、アナログにしかできないこと、それは「時間がかかる」ことかもしれない、と思った。

 一枚一枚と向き合っている時間がとても長かった。描いてはボツ、描いては塗り直しで、一枚に何日もかかったけれど、その間ずっと、絵とその向こうにある言葉や世界と言葉のない対話をしているようで、手探りで押し問答している間に、気づけば自分と絵の周りにあるスペースが広がっていたような感覚。それはとても時間が止まっているようで、そしてその中で全てが微細に動き続けているような不思議な時間だった。

 5月末から個展を予定している。こんな状況だけど、いろんな意味で、原画展で見てもらえたらいいなと思う。というか、自由に出歩けるような状態になっていればいいと思う。
 先日(といっても結構前)に、出版社の杉田さんと、よもぎBOOKSの辰巳さんと打ち合わせをしてきた。どういう展示にしたいという話をして、とても楽しみになっている。とはいえ、会期は5月29日金からスタート予定。コロナの影響で、その頃に一体どれくらい自由に動けることが可能な状態になっているか、そもそも一体どういう状態にその頃あるのか…というのは正直わからない。
 わからないけど、例えみんなが必ずしも自由に動ける状態になっていなくても、離れた場所まで光を届けるような展示にしたいと思っている。

 私はいつも展示をする時は、「後書きにかえて」というような文章を載せる。今回もフリーペーパーを作りたいと考えている。
 ちょっとそのネタバレ(?)だけど、今回の制作で、たったひとつだけ守ったこと。それは「プロセスを信頼する」ということだった。

 この詩集に関して起こっていること、起きたこと、すべてを信頼してみるというのを、絵を描き始める前に決めた。選手宣誓のようだった。

 何日もかけてボツにしても、それは正しい方向に向かっていると信じた。
 今日ここまでやろうと決めたのにあっさりベッドで寝落ちてしまっても、それは正しいタイミングになるよう、寝るべくして寝たのだと。
あらゆるトロくさい失敗も、これはより正しい方向になるための「プロセス」なんだと信じた。
 選手宣誓の甲斐あってか(?)、制作中、ずっと心が安定していて、進んで行く大きな船の先っちょに乗って、海の先を見ているような心持ちだった。流れていく流れの中で、推進力のある動体に乗って、前を見て集中することができているような。ちょっと不思議な経験だった。

 描き終えて少しした頃、コロナが世界各地に拡大し、そして深刻なものになってきた(実際はもっと前からそうだったので、かなり語弊があると思うけれど……)。
 毛布をなかなか書けなかったのは、正直、何を言っていいかまとまらなかったからだ。
 制作中は大きな船の先端に乗って大海原を進んでいるような気分だったけれど、急に陸地に降りて、寒いのに着る服を持っていないような、必要なことがあるのに誰の言葉も読み取れないような、自分が定まらないような、内側から絶えず攻撃されるような、覚束ないような感覚が続いていた。

 そんな中、結局自分を助けてくれたのは、誰かと通じ合ったという感覚だった。「この人の言っていることはわかる」と思うたびに、ひとつひとつ自分の混沌が混沌のまま、フワッと内側から熱を持ち、良い色に色づいていくようだった。それは特別に気取った文章などではなく、生身の人が書いた生身の言葉だった。

 ずっとお世話になっている、ひるねこBOOKの小張さんが書いた文章。

 どんな思いで週末お店を臨時休業にすることにしたか、苦渋の選択という言葉では語れないような思いと、怒りと。だけど最後には、「どうか分断ではなく、手と手を取り合って、新しい世界に向かっていきましょう。」と書いてあった。
 その一文を読んで、ようやく自分が元に戻った気がした。分断じゃなくて、乗り越えていく方に自分のエネルギーを合わせる。そう思って、初めて自分の気持ちが前を向いたし、自分の知っている自分に戻ったような気がした。

 それが、先週末のこと。またもう一つ、週末にたまたまTwitterをみたら、沼野充義先生の退官記念最“新”講義を配信で行う、というツイートが流れてきた。いつやるんだろうと思って見てみると、まさにその瞬間、ちょうど講義が始まるところだった。
 『チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人—村上春樹、大江健三郎からサンギまで』と題されたその講義。冒頭、沼野さんは、こんな時にのんきに文学の話をしていていいのかとも思うが、かといって今から医療従事者になってコロナの対策を行えるわけではない、どんなに大変な時であっても自分がそれなりにできることをやり続けるしかない、と前置きで話されていた。

 不思議なことだけど、講義を聴きながら、「私は今とても大切にされている」という感覚が浮かんだ。
 それは文学と、文学者、作家、作家に描かれる前のひとびと、土地、記憶、そんなものをすべてひっくるめて、沼野先生がものすごく大事にしているのがわかったからだった。そこでは、「不要不急」とされるようなもの、切り捨てられるもの、消し去られるものが、取るに足りないものとしてではなく、大事にされている。そして、文学という営み、作家が残した消えることのない「不朽」のものに、人生をかけて取り組んでいる人がいるのだ、ということを、退官に至るまでの圧倒的な長い時間と共に、感じた。

 文学とは、小さなもの、消えてしまうもの、認められないものに敬意を払うことなのかもしれない。沼野先生の話を聞きながらふと浮かんだ「私は大切にされているような気がした」という言葉は、それからきたのかもしれない。

 この、小さなもの、消えてしまうもの、認められないものに敬意を払うという芸術のあり方を目にしたときに、翻って自分の中にある小さなものが守られる感覚が生まれるのは、前にも覚えがあった。

 一昨年の9月に、水戸芸術館に内藤礼さんの展示を見に行った時だった。
 自然光の中、ふと気づくと、高い天井から1本の細い糸が垂らされているインスタレーションがあった。
 気づきもせずに通り過ぎる人がいてもおかしくないようなその1本の糸に気づいた時、打たれたようになった。

 例えばその糸が新宿駅の構内にあったとしたら、誰にも気づかれず、あっという間に人の波に引きちぎられるだろうと本気で思った。それくらい、細く儚い糸だった。

 それが、たった一本、空間の中に垂らされている。
 それを見て、この一本の線に、人生をかけて創り出そうとしている人がいるんだ、ということが、どちらかと言えば新宿駅構内にいたその時の自分を、一気に違う世界に肩を掴んで連れて行かれるようだった(コンドルに巨大な肉を掴ませるシンドバッド方式)。目に見える世界は変わらないけど、気づかずにそこにあった目の前のガラスが割れ落ちたみたいだった。

 こんな小さな、儚い一本の線に。

 サハリンから広がる作家について、皆が引き込まれていくようなとても集中した講義をする沼野先生を見て、自分が「大切にされている」と感じたのは、多分、内藤礼さんの展示をみたときのあの感覚と同じだわ、とそんなことを思い出していた時に、またずっとお世話になっている、荻窪の本屋 Titleの辻山さんの幻冬舎plusの連載を読んだ。

 最新の記事のページの写真にあったのが、内藤礼さんの展示の小さな人形だった。この文章も、自分が混沌としておぼつかなかった時に読んで、言葉に触れて励まされた文章だった。
 最初に読んだ時はその写真に気づかなくて、もう一度読もうと思って開いた時に、あれ、この小さな人形は…と気づいたのだった。

 初めて世界に生まれてきた小さな人間の目線から見た世界は美しいだろうか。

 水戸芸術館での展示には、確かそんなステートメントがあった。

 どんな写真か、どんな文章かはぜひリンクから見てみてほしい。

 その後、辻山さんから、内藤礼さんの本が新しく本が出たと教えていただいた。今、読むのを楽しみにしているものの一つ。

* 

 とても局地的に個人的な範囲では「プロセスを信じる」というのはまだ続いている。

 今、コロナの影響で、大きく時代は変わっているなと思う。
 いろんなものが対面式での中止を余儀なくされた。だけど、逆にコロナを経たからこそ、より多くの人に、より遠くまで自由に広がっていったものをいくつも見るようになった。
 それは中止を余儀なくされたライブの配信だったり、講義の配信だったり、いろんな「特別なもの」が、その特別さを失わないまま、フリーアクセス(金銭的にではなく物理的なアクセス)になって、結果予定どおりの人数よりも何十倍もの人に届いたものがあった。

 もちろん、再現不可能なその場限りのものを大事にしているものもあると思う。それだけど、単純にやっぱり時代が変わっていっている、と思わされた。

 私たちは今大きな時代の変わり目にいる。だからこそ、一瞬一瞬を光の粒のように感じて、その瞬間その瞬間を生きることが大事なのだと思う。

 どんな瞬間にも脱出口はあって、それは忍者屋敷の扉のように簡単に反転する。
 どんな瞬間にも自由はあり、一度身につけるとずっと自由になれる。正確には、自由になることができると知った状態で生きていられるようになる。それは泳ぎを身につけるように、いつの間にかできるようになって、そして二度と忘れない。
 今この状況下じゃなくても、本当はずっといつもそうで、ただ放り込まれて、そのなかで泳いでいく過程がずっと続くだけだ。
 一度覚えた泳ぎ方は忘れないし、一度覚えた自転車の乗り方は忘れない。今はみんな、泳ぎ方を覚えている、息継ぎの仕方、呼吸の仕方、浮かび方、遠くまで泳ぎ続ける方法。
 泳ぎ方は人それぞれで、他の人がどうこうは関係なく、自分が泳げなければ意味がない。そしてそれはいつでもそうで、どんな時も自分なりの泳ぎ方、水に浮いているための浮かび方があるのだから、それに集中できればいいと思う。

 そう、まずは浮かぶこと。そして、流されたり運ばれたりしながら、泳いでいくこと。

 数日前の朝、長年の友人であり、盟友である大和田慧ちゃんから動画が送られてきたのを見た。それは、Cory Henryという『NaaNaaNaa』という曲のライブ動画だった。

 聴いた瞬間、自分のなかにあるものが内側から弾けるようで、思わず泣いてしまった。とてもシンプルな繰り返しの中に、溜まって滞っていたものが高まっていく。そして解放される。人生はそれでも祝福なのだと、喜びを抑えなくていいのだと。

 コロナの影響下にある社会は、普通にやっているといきづらい。普通にやっていると人を憎みたくなる。普通にやっていると、落ち込む。自粛という言葉は感染症対策だけではなく、気持ちまで自粛させていく。

 北海道支笏湖の友人、マフィン専門店のペンネンノルデが、今フェアを組んでくれている。こんな時こそ文化が必要だ、ということで連絡をもらった。(ひっそりと開催中。笑)

 店主の伴侶のブログで、『言葉は自粛しない』と書いてくれたのが嬉しかった。

 そう。行動制限をせざるを得ないこんな時だからこそ、アイデアやハートを自粛させている場合ではないのだ。別に無理して何かする必要はない。ただ、インスピレーションや、ハートが何か動いた時に、それを押さえつけないでほしい。適切な行動を取ることと、できることをやっていくこと、そして楽しむものを楽しむこと、というのは全部別々で、どれも欠かせない大事なことだ。気が塞いでいてもいいけれど、気が塞いでいることが「あるべき模範」になってはいけない。

 元々とても心配性でネガティブだった私も、好きなことを何年もやっているうちに、キリギリスのようになってきた。私はやっぱり、明るい方向に体が寄っていく。それを否定したくない。人生は祝福で、喜びを抑えることはできない。そう思わせてくれる「隙間」が、誰にとっても日常の中にあることを願う。

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