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ショートショート「人生の書き直し」

その「医者」は、「患者」がこれまで歩んできた人生が、コードとして見えるらしい。

コード=”code”。いわゆるプログラムだ。

人の人生が、壮大な一連のプログラムとして読み取れるというのだ。

その人が、いつ、どこで、誰から生まれたのか。

何歳の時に、どこの土地で、どんな暮らしをしたのか。

どんな分岐があり、何を選択し、どのような行動をとったか。

そして今、どのような状態なのか。

そういったものが、私たちの脳内に全て特殊な言語(コード)で記録されていて(思い出せないものも多いが、記録としては存在している)、それを読み取ることができるという。

さらに彼が「医者」と言われている所以は、「そのコードを書き換えられる」ということ。

それまで歩んできた人生のコードを書き換えられる…つまり、人生を”修正できる”ということだ。

「あの時、あちらではなくこちらを選択していたら…」

そんな思いは誰しも一つや二つあると思うが、その「医者」に依頼すると、脳内のプログラムを書き換え、実際に「こちら」を選んだ人生に変わるという。

嘘かと思うが、本当のようだ。何人もの経験者に話を聞いて、確信した。彼らは皆、当時の不幸の原因となっていた出来事を特定し、修正し、幸せな人生を送っていた。

わたしには変えたい過去があった。

だからなんとかその「医者」の予約をとり、高額な治療費をなんとか捻出し、受診することにした。


その「医者」は、50代くらいの穏やかそうな男性だった。「医者」と言われるだけあって、白衣を着ていた。

診察室に通され、年齢や健康状態について聞かれた後、

「それでは、直したい過去の出来事について、何年何月何日の出来事だったか、どう直したいかを教えてください。」

という質問を受けたとき、本当に来たんだな、と実感した。

「新卒で入った会社を選びなおしたいです。2133年7月13日に、内定をもらっていた2社のうち、A社にしますという返事をしましたが、B社にします、という返事に変えたいです。」

学生時代に就職活動をしていた私は、2社から内定をもらった。悩んだけど、大手だったA社を選択した。入社したら自分の適性に合わない部署に配属になったことと、人間関係がうまくいかなかったため、休職し、そのまま退職してしまった。それ以来まともに働けていない。もし、B社にしていたら。規模が小さいけれど、面接官をやっていた社員の印象がとても良かったことが、ずっと忘れられない。彼らと一緒に働くことができていれば、わたしの人生は違うものだったのかもしれない。と。ずっと後悔していた。

「…はい、なるほど。わかりました。」

その医者はしばらくキーボードを叩いていたが、椅子を回転させ、わたしの後ろのベットを指さした。

「では、そちらに寝てください。」

言われるままベットに横たわると、頭におでこから頭頂部を覆うような装置を取り付けられた。

「では、今から、あなたのこれまでのコードを拝見し、該当箇所を修正します。話はできますので、途中私が質問したら、答えてください。」

「はい。」

緊張してきた。てっきり麻酔か何かで眠らされて脳内をいじられるのかと思ったが、起きたまま行われるという。頭についた装置もぴたっと密着はしているが、頭とか脳に影響を与えるような力は、今のところ感じない。大丈夫なのか。

わたしの心配をよそに、「医者」は先ほどとは別のパソコン画面の前に座った。

カチャカチャというキーボードを操作する音だけが、しばらく聞こえた。

5分くらい経っただろうか。「ありました。ここですね。」と「医者」が言った。

「2133年7月13日14時32分41秒。A社に電話をかけて、『御社に入社することとしました。よろしくお願いします。』と言っています。これを、『内定辞退します。』に変えればよろしいでしょうか。」

「…えっ、あ、はい」

さっきまで半信半疑だったが、どうやら本当に「見えている」ということだろう。それを期待して来たはずなのに、やっぱり驚いてしまった。わたしが言ったセリフも、たぶん全く同じなのだと思う。うろ覚えであるが。

「それで、同日14時41分13秒に、B社に電話をかけています。『内定辞退します。』というのを、『御社に入社することとしました。よろしくお願いします。』に変えればいいですね。」

「…はい。はい、お願いします。」

わたしは仰向けになったまま、力を込めて返事をした。

じゃあ書き換えちゃいますねー、と「医者」が軽い調子で言って、カチャカチャとキーを鳴らし、最後にひと際大きな音でパシっとキーを叩いた。エンターキーか。

その瞬間。

わたしの頭の中が一瞬真っ白になった。思わず目を閉じる。

しばらくそのまま、時間が過ぎたと思う。自分では時間の経過がわからなかった。

少しして目を開けると、灰色の天井が見えた。

頭の上から、「医者」が話しかけてくる。

「はい、終わりました。あなたは新卒でB社に入社したことになっています。現在のお仕事は、どういった状況ですか?」

目をぱちぱちさせる。ぼんやりした頭で記憶をたどる。学校を出て、B社に入社したわたしは…。

「とてもやりがいのある仕事を任され、仲間にも恵まれ、忙しくも充実した日々を送っていました。3年ほど勤めて、その時出会った仲間と事業を立ち上げました。最初は赤字続きでしたが、数年でその会社は急成長し、今では上場しています。わたしは役員の一人です。」

だんだんと「思い出して」きた。

わたしは紛れもなく仕事で成功している。B社で出会った仲間と、ぶつかりながらも同じ夢に向かい、今、とても充実している。

「良い人生になってよかった。では、治療は以上です。受付でお待ちください。」

ゆっくりとベットから起き上がる。自分がなぜここいるのかよくわからなかったが、とても重要な出来事があったといことだけはわかった。

受付でとても高額な「治療費」を請求されたが、わたしは迷わず持っていた現金を支払った。なぜカードではなく、現金で持っているかも少し疑問に思ったが、大したことではない。早く帰って、メールのチェックをしなくては。

わたしは満ち足りた気分で、その病院を後にした。

♦ ♦ ♦

「それでは、直したい過去の出来事について、何年何月何日の出来事だったか、どう直したいかを教えてください。」

白衣を着た「医者」にそう尋ねられた経営者の男性は、手にしたメモ帳をめくりながら答えた。

「2133年7月10日に、私の会社の新卒者の内定を出したのですが、その内定者を変えたい。Yさんという女性にしたのですが、やはりZ君という男性に内定を出したい。」

「なるほど。」

「Yさんも初めは良かったんだが、3年くらい経ったころかな、もともとうちにいた優秀な社員と意気投合し、会社を辞めてベンチャーを立ち上げたんだ。こっちは数少ない優秀な社員がいなくなるし、そのベンチャーが競合だったから業績が悪化し、結局倒産してしまったんだ。あの時の選択が間違ってたな。」

声が、段々と苦々しいものを含んできた。これまでの苦労を思い出してきたのかもしれない

「わかりました。では、そちらのベットに横になってください。その時のコードを書き換えますね。」



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