妙子ショート・ショート

 キャンパスの裏門から、寂れた方へしばらく行くと、車止めの路地があり、百メートルほどゆるやかに上って雑踏に出る。この道はかつての石畳が健在で、きっと馬車道だったろう。木造の民家が並び店もある。妙子の握り飯屋はそこにある、名を桃苑という。

 暖簾をくぐり、がらりを開けると、四人掛けテーブル二卓に小上がりが付いた小さな店だ。喰わせるものは握り飯だ。黒々と海苔で包んだ大きな結び二個、ふっくら炙った鯖に焼き味噌をまぶして出してくる。そんなものが盆に乗り、二三枚の紅葉が散らしてある。千円、高いか安いかはわからない。閉まった店の設えもそのままに、開く店を始めに見つけたのはぼくだった。誰にも言わないでおこうと思った。握り飯でも鯖でもなく、妙子という女将が、もう何と言っていいのかわからない。

 程よく洗練され、程よくフレンドリーで、程よく賢く、程よく綺麗で、程よくいい匂いで、程よく優しい。ひとめぼれだった。そんな恋の悩みをメイトの背番号
11、左ウイングのパークに打ち明けてしまったのが運の尽き。いつの間にか練習後のラグビー部専用食堂のような有り様になったのだった。おまけにこいつまでいる。

「よ、兄弟。また負けたんだってな」

「大きなお世話だ、おまえなんぞに言われたかねえよ」

「まあそうカッカするなって、ナンバーテン。待てば海路の日和ありってえだろ?」

 こいつは、学生演劇部の脚本家で、眼鏡の螺子が弛んでいて、すぐ落とす。すると全員に探させるのだ。そこでネジというあだ名がついている。要注意人物で、なんと妙子に横恋慕するけしからん男なのである。

                             続く

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