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2023年度をふりかえる

1年前の3月25日。
勤務校での修了式・離任式

なんとか1年やりきった。
自分の中でのせめてもの責任感だった。

はじめて全校生徒の前で話すのは緊張した。

正直、別れの寂しさよりも終わった安堵感の方が大きかった。

学年の生徒たちと一緒に卒業を迎えられないことは悔しかったけど、
何度も考えて納得して出した決断だったから。

3月31日、たくさんの定年退職される先生方に混じって退職通知を受け取った。



あれから1年が経つ。

もう1年かって気持ちと、まだ1年しか経ってないのかって気持ちとどっちもある。

でも、この1年は私にとって必要な時間だった。

学校ではできなかったこと。
学校だけでは難しいこと。
学校でなくてもできること。

学校以外という選択肢に目を向けた。

私がこれまで知ろうとしてこなかっただけで、
学校の今までのやり方に疑問を持っていたり
より良くしようと頑張っている人はたくさんいた。

学校の先生を早くに辞める人も案外いて
私だけじゃないってことにほっとして、がっかりした。

働き方についても色々考えたし、
それはそのまま自分の生き方に繋がっていて
向き合うことがしんどい時もあった。

なるべくフラットにいろんなものを見たかったけど、
そこにはやっぱり私が生きてきた分の
私のフィルターがかかってることにも気づいた。

新しい世界を知ろうと頑張ってみたり
本当にただただ思い切り休んでみたり
そうやって過ごすなかで
少しずつ自分の人生が見えてきたような気がしたり、何も見えなくなったり。

それでも私の隣で毎日学校に通うやつに
嫉妬して、心配して、イライラしてた。


つい最近、こんなイベントに参加した。

#ザ学  マイタグラインと進め

自分の理想の姿に向けて、
理念や行動指針を
短く、深く、誇らしい言葉で表すワーク。

何かを与えてもらえるんじゃないかと期待してた私は、
また自分の人生を人任せにしようとしていたことに気づいた。

ワークは自分で自分に向き合う作業だった。


ここで作ったマイタグラインは
「心地よく生きる」

たどり着いた経緯を少し説明すると

私の理想は、好きなように生きること。

もう少し具体的にすると
行きたい時に行きたいところに行って、
会いたい時に会いたい人に会える生活がしたい。

そして、
さらに言えば
私と関わった人たちが少しでも幸せになってくれたら嬉しい。

でも現実的には働いてお金を稼がないと生きていけない。

それなら、
自分が好きなところで、好きな人と働けたら
理想に近づけるんじゃないか。

行きたいところが職場で、会いたい人が上司や同僚だったら幸せなのでは?

ということで、
それを短く、深く、誇らしい言葉に表したのが
心地よく生きる

なんとなくしっくりきてる。

同時に、これってものすごく難しいことだとも思う。

私にとって
心地いいこと、心が穏やかになることって
なんだろう。

・やりたいことをやる

・誰かに必要とされる

この2つを満たしているとき?

それって具体的になんだろう?

また、実際に誰かに必要とされた時、
私はその期待に応えることができるのだろうか。

また途中で諦めないだろうか。

いや、長い目で見たら諦めたつもりはないし、
私の人生においては目的に対する手段を変えただけかもしれない。

でも、生徒から見たらどうだったんだろう。


常に自分軸で生きた方が強いのかもしれない。

自分の機嫌を自分で取って生きていけるようになった方が人に迷惑をかけないのかもしれない。

誰もがそんなふうに生きられるのか。

そうやってちゃんと自分の意志で生きている人がえらくて、
それができない人は可哀想なのか。

そもそも人は自分の意志だけでは生きられない。

人間なんかには、コントロールどころか予測すらできない日々がやってくることを嫌というほど味わっているはずだ。

そういう天災や自然の恵みや巡り合わせた人や…
嬉しいことも嫌なことも
様々なことと共に生きている。

別に望んで生まれてきたわけじゃない。

誰もが積極的に生きているわけじゃない。

そんなんじゃなくて、
もっと、
弱くても、
寂しくても、
1人じゃ生きていけなくても、
安心して頼って生きていいんだよって
言える存在でありたい。

いつか
ほんの少しでも
生きてて良かったって思えたら
幸せかもしれない。

ただ、それだけ。

良い湯加減の場づくり

先日、ここで、銭湯ぐらしの加藤さんが
ご自身の場づくりの温度感を「ぬるめ」だとおっしゃっていたが、
私もだいぶ低い温度の方が好きかもしれない。

とはいえ、たまに「あついお湯」に入りたくなる時もある。

頑張っている人たちから刺激を受けたり
理想を語ってみたり。

あまり長くいるとのぼせてしまうけど。



最後に。

この先の道筋として、
やっぱりもう一度学校現場に戻りたい気持ちはある。

でもその前に、教育寮のハウスマスターという
学校とは違う立場で高校生と関わる仕事をする予定だ。

そんな関わりを通して、
私の生徒への関わり方を改めて考えていきたい。

それが私の2024年度。

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