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民話・伝承をモデルにした作品っておもしろい(アニメ『凪のあすから』から)

好きなアニメがあります。
タイトルは『凪のあすから』
P.A.WORKSという制作会社が制作したアニメで、2013年に放送されていた作品です。

あらすじ

その昔、人間は皆、海に住んでいた。
でも、陸に憧れた人たちは海を捨てた。
海で暮らせるように海神様がくれた、
特別な羽衣を脱ぎ捨てて……。

海で暮らす人、陸で暮らす人、
住む場所が分かれ、考え方は相容れずとも、
元は同じ人間同士、わずかながらも交流は続き時は流れた。

海底にある海村で暮らす先島光、向井戸まなか、比良平ちさき、伊佐木要と地上に暮らす木原紡。

海と陸。
中学二年生という同じ年代を過ごしながら
今まで出会うことのなかった彼らが出会った時、
潮の満ち引きのように彼らの心も揺れ動く。

ちょっと不思議な世界で繰り広げられる
少年少女たちの青の御伽話(ファンタジー)
http://nagiasu.jp/story/#story-00

主人公たちの住む町で昔から行われる儀式「おふねひき」
昔は、生け贄の少女(おじょしさま)を海神様に捧げるための儀式として。
現代では、海からの恵みに感謝して、食べ物や木で作った生け贄の少女を海神様に捧げるための儀式として描かれています。

「おふねひき」の儀式を行っている途中、嵐によってめちゃくちゃな結果になったことや、海神様の御意向が働いたことにより、海に住む人々が冬眠してしまいます。

その結果、海と陸のバランスが崩れてしまい、地球が異常気象に見舞われることに。
冬眠した海の人々を助けるために、陸に残った人々が、再び「おふねひき」を復活させようとする、というストーリーです(すごくざっくりですね。)

「おふねひき」という儀式のモデルって?

この「おふねひき」という架空の儀式が自分にむちゃくちゃ刺さりました。
というのも、そもそもこの儀式が行われるようになったのは、人の手に負うことができない対象として、作中における昔の人々は「海」を認知していたから。
だから、人の命を捧げて鎮めようという発想になったのでしょう。

「人の命を捧げれば嵐なんて起きないし、海で命を落とすこともない」という考えは、実証科学的には到底相容れない考えです。
ただ、その一方で、自然現象に対する脅威は、昔の人々にとって大きな影響を与えることは想像に難くなく、その脅威を崇拝の念とも捉え、「神(=自然現象)が人身御供を欲している」と捉えることもできそうです。

日本に幅広くある伝説や民間伝承を調べてみると、似たような物語は多く見受けられます。
有名どころだと、古事記の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説でしょうか。

出雲の国に住んでいたヤマタノオロチの見た目については、このように書かれています。

その大蛇は、目は真っ赤な酸漿のようで、八つの頭と八本の尾をもち、胴体は苔むし、檜・杉が生え、その長さは八つの谷と峰を這い渡るほど、しかも腹は血まみれに爛れているという。
ビギナーズクラシック古事記(角川文庫/73頁)

まあ化け物ですよね。
神話の中の話とはいえ、ただただ脅威な対象でしかありません。
この話では、ちょうど少女が人質になろうとしていたところ、通りがかったスサノオが、ヤマタノオロチを倒すという展開になっています。
(余談ですが、ヤマタノオロチの倒し方は、正々堂々戦って討伐するというものではなく、ヤマタノオロチに酒をたらふく飲ませて、酔っぱらったところを倒すというもの。意外と狡い笑)

おわりに

ほかにも細かい部分ではありますが、『凪のあすから』の作中で、過去に海神様の生け贄にされた少女は、美しくもなく口減らしの観点から選ばれたという設定があったりと、史実的にもあり得そうな設定も描かれています。

たぶんこの設定も世の伝承や史記を見てみれば、似たような話は多くあるはずです。
そして、「海」にまつわる民話・伝承についても同様でしょう。

作品の出来自体も、これまで見てきた作品の中で1,2を争うほどのものでもあり、民話・伝承をベースとした作品って面白いのかもしれないぞ?と思うようになったのが自分にとっていい気づきでもありました。

その結果、民族史や民話・伝承学をテーマとした作品にも手を伸ばすようになってしまいました。
また別の記事でそれらをテーマとした作品について、触れてみたいなと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献

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