「誕生同意法」

 妻が妊娠した。授かり婚と言えば聞こえが良いが、いわゆる「デキ婚」である。意図した出来事ではなかったが、妻のご両親の喜びようを見たら、もう後には引けない。病院から破水したと電話があり、仕事を中断し急いで病院へ駆けつけた。


 病院に着くと、何やら細いメガホンのようなものを渡された。医者は言った。
「『誕生同意法』のもと旦那様には、赤ちゃんが股から顔を出す直前に、産まれたいか・産まれたくないかをこのメガホンで聞き出す役目をお願いしたい。」


 『誕生同意法』。自殺率が高いことで有名な日本のイメージを回復させるために、政府がこれ見よがしに打ち出した政策だ。ニュースで知ってはいたが、いざ自分がやることになるとは。あまりに原始的な方法で、男は身震いした。


 妻の唸り声が聞こえ始めた。看護師に急かされ、病室に入った。いよいよだ。妻の股にメガホンをつける。
「産まれたいか、それとも産まれたくないか。君の思うままに言ってごらん。」
病室全体が赤ちゃんの答えを待っていた。赤ちゃんは、力強くはっきりした声でこう言った。
「産まれたいかどうかを聞く時点であまり産まれて欲しくないのだろうから、お前のもとには産まれたくない。」


 医者は静かに腹に注射を打った。風船のように膨らんだ腹がみるみるうちにしぼんだ。妻は安堵した顔をしていた。テレビからアナウンサーの声がこだまする。
「日本の自殺率は0.2ポイントに抑えられています。一方、人口が十年前と比べ二十分の一にまで減少したことが判明しました。」
妻はすでに帰る支度をしていた。


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