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誰も正解を知らない「結婚」とやらについて




「で、まりちゃん、結婚生活どう?」


この間、鎌倉でななみに会った時に聞かれた。3年前の夏、コロナ禍真っ只中。東京で生きることに窮屈さを感じて、ななみを誘って(か、誘われてかは、もはや覚えていない)シェアハウスをするために借りた、あの部屋のあのリビングで、そう聞かれた。


「半年経ってようやく落ち着いたっていうか、掴んできたって感じかなぁ。二人とも一人暮らしで、お互いの家を行き来してた時代とは違って、結婚して、一緒に暮らすようになって、自分が帰る場所に誰かが必ずいるっていうことに最初は慣れなくて。知らぬ間にすごくストレスを抱えている時期も最初はあったんだよね」


そう答えると、うんうんと頷きながら、ななみはニコニコ言った。


「わかるわかる。でも、なんていうか、慣れてきたら結婚って安心感があるよね。親友がいつも一緒にいてくれるみたいな。あっ、親友って表現はなんか違うかな。パートナーかな?いや、でも親友。そんな感じ〜」


ななみの言いたいことは、すごく伝わった。私は仏(このnoteでは自分の旦那さんのことをそう呼ぶことにしている)のことを親友とか友達とは思ったことはないけど、意味は伝わったし、理解も納得もできた。


「そうね、生活を共に作り上げていく人って感じがする」


そんな台詞がすらすらと口から出てきて、自分でも驚いた。そして発言した直後に思った。これは、本心なんだと。選ばずに出てきた、素直な言葉なんだと。ななみと話していると、そういう言葉が自然と引き出される感覚があって、やっぱりこの人はすごいと感じる。


・・・


鳩サブレのお土産を買って飛び乗った帰りの電車の中で、考えてた。ななみと、こーへいさんの関係性って、理想だなと。ななみに初めてこーへいさんの存在を教えてもらったあの夏、私はぶっちゃけ「なんだ、その年上の変な人・・・?」と思っていた。振り返ると、「ななみを取られる?!」と敵対する感情を勝手に抱いていたのかもしれない。でも今は違う。今はめちゃめちゃ好き。笑


なんていうか、こーへいさんという人間が好きになったというよりかは(いや、こーへいさんのことは単体でも好きなのだけど)、それ以上に、こーへいさんといるときのななみが好きだったり、二人が一緒にいるときの、二人の空気感が好き。ななみがこーへいさんのことを「さん付け」で呼ぶのもそうだし、年下のななみのことを、こーへいさんも「ななさん」と「さん付け」で呼ぶ関係性が素敵だと感じる。些細かもしれないけど、互いを見つめる眼差しから、一緒に歩くペースから、会話の節々から、二人が尊敬し合っていることが周囲に伝わってくるのが、すごく、すごく良い。


・・・


私は、いわゆるプロポーズへの憧れもなければ、花嫁さんになりたい欲も専業主婦になりたい欲もなく、なんならシャニカマ(斜に構えていることを意味する造語)を極めていたので、なぜ人々がわざわざ結婚という選択肢をとるのかがずっと疑問だった。 ※私のこの態度とスタンスが、仏を悩ませ苦しませたのは言うまでも無い。多分、今でも悩ませてる。ドンマイ。


でも最近、なんとなく分かってきたことがある。分かってきたとまで断言するのはアレかもだから、訂正しよう。なんとなく分かってきたような気がすることがある。わぉ、すごい回りくどい言い方。


それは、『結婚』には割合ってもんがあるということ。どういうことかというと、当人たちの幸せ10割!では成り立っていないということ。それぞれに割合の程度はあれど、9割が当人たちの幸せで占めていたとして、残り1割は周辺の人たちの幸せなんじゃないかと。まぁ幸せとまではいかなくとも、少し温かい気持ちになるとか、嬉しくなるとか、そんな感じ。幸せの伝播といいましょうか。


今更ながら、結婚のこの側面に気がついた。ななみとこーへいさんを見て幸せになっている自分がいて、そういえば自分自身も結婚をして周りから祝福の言葉を頂戴する中で、改めてそう感じた。そうか、そういうことだったのかぁ。結婚するということは、自分が幸せになったり、相手を幸せにしたりするだけじゃなく、周りを穏やかな気持ちにする。だから人はあえて結婚という選択肢を取るのかぁ。順番前後してるかもだけど、ようやく、なんとなく腑に落ちてきた。


何を新米がピーピー偉そうに、と思われても別に構わない。ただ、自分にとって、これは今世紀最大(まだ四半世紀ちょいしか生きてないけど)の発見だったのです。それをこうして言葉に落としておくことで、すっきり消化させておきたかった。のと、全然話は変わるけど、久しく書いてないとやっぱり書く力の衰えを感じますね。悔しいわ。


こんな発見(再発見?)の連続で、結婚とやらは、本当にめまぐるしい。発見の量に対して、言葉にする時間が足りず、消化不良で日々が過ぎていく。色々と考えすぎる私のことだから、完璧や正解を求めてモヤモヤし続けるのだろうけど、それも宿命。あまりにも気分が晴れないときは、そうだ、鎌倉行こう。




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