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命の火

昨年100歳を迎えた祖母が、今年に入って少しずつ食べられる量が減り、脈が落ちてきて、いよいよあやしくなってきた。
今日、施設から母へ連絡があり、汗がひどく苦しそうとのことで、お医者さんが呼ばれ、今晩が山かもしれないというので、母は祖母のもとに駆け付けた。

夕飯前に駆け付けた母は何も食べ物、飲み物を持たずに付き添っていると聞いたので、妹と相談して、乳児の世話がある妹は夜出るわけにもいかないし、仕事が終わったばかりの兄も大変だと思うから、とりあえず私が子ども達の寝かしつけは夫に任せておにぎりとお茶をこしらえて夜の施設に届けに行くことに。

施設に着くと、部屋に通されて、ベッドに横になったおばあちゃんが、口を開けたまま目は閉じて、少しはぁはぁと速い呼吸をしていた。
母は、耳元で大きな声で呼び掛けると目が動く感じがするよ、といい、そばを離れられなかったから私と交代でトイレに行ってくると部屋を出て行った。

おばあちゃんは寝ているようにも見えたし、こんな夜に大きな声で起こすように話しかけるのもどうなのかな、と思って、なんとなく中途半端な小さな声で、「私だよ、おばあちゃん。辛くない?」とか、「安心してね、無理しないで」「おばあちゃん、大好きだよ」とか言ってみたけど、耳元に近寄ると、起きているおばあちゃんに会う時にはあまり気づかなかった、開けっぱなしの口から覗く下の歯が、もう限界まですり減って、色も中心が赤黒いような、歯とは思えない色をしていたり、舌も潤いがなくだらんと重量に任せて寄ってしまっている感じなどが、ああ、もう生きものとして、細胞としての最期の状態にまで来ているのだということが目の前に迫って、やっぱりこれはもう最期、今日逝かないでいてくれたとしても、命の灯火はほんとうに最後の明かりかもしれない、と、思われた。

数週間前に会った時は、補聴器の電池が切れていることに気づかずに、もう話がまったく通じなくなってしまったのだと、また一歩、向こうの世界に行ってしまったのだと悲しくなったけれどそれは勘違いで、ちゃんと起動してない補聴器を外して大きな声で話していたら、急に記憶の回路が繋がって「まりちゃん!」と、瞳に光が戻る瞬間があって、その瞬間の優しい声と笑顔はおばあちゃんの私への最後の贈りもののように、今でも胸を温めてくれる。

母が戻ってきて言うには、少し前はもっと苦しそうだったのがこれでもかなり落ち着いてきたとのこと。ほんの薄く開いて、覗き込めば見える眼球は、夢を見ている人のそれのように、右に左にと、ゆっくり漂っている。

自分の子がお腹の中から出てくる時もそうであったけれど、命の流れは、ただひたすらその命が持っている力にまかせる、委ねることしかできないのだという感覚を改めて思い出す。
命の外側から、他人が何か作用しようということはできない、命を前にした時のお手上げ感、みたいなものと、だからこそ、全てはなるようになるという不思議な安心と。
途中、職員さんか様子を見に来てくれて、寝れてるのでベッドの角度をさらに緩やかにしてくれた。しばらく隣で母と少し話をしてから、おばあちゃんの髪を撫で、肩をトントンして、それから私は部屋を出た。

周りの人にできることは、その命の光と温もりを、ただ味わうこと、感謝すること、喜ぶこと。おばあちゃんの命は、もう充分にみんなの命を照らしてくれた。だからもう、あとは残り火のなかで、穏やかな夢を見られますように。


帰宅して、気持ちの整理のためにこの文章を書いて、書き終わって保存して、LINEを見たら、「今亡くなりました」と母からの連絡が入っていた。
最期、そこまで苦しくなさそうにしていたし、母に看取られて旅立つことができて良かった。

おばあちゃん大好きだよ、というのは、孫たちみんなの気持ちだと思うから、それを最期に伝えられて良かった。

おばあちゃん、ありがとう。おばあちゃんの孫である幸せを、これからも忘れないよ。

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