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ある晴れた日のNGO

(2020/03/12)
イギリスの長い冬がいよいよ終わるのかと確実に感じられる、快晴で気持ちのいい日だった。
私にとって先週は忙しかったけれど、今週はのんびりしており、今日はディレクターのエリーも外部トレーニングで出かけていていないからと遅く事務所に行ったら、スージー1人がぽつんと事務所で作業していた。


先週は、一年に一度実施する難民のメンバーのアニュアルエバリュエーションの集計、そして18:00-21:00という遅い時間に開催された二日間連続の”Fundraising&Income Diversification Workshop”という、うちの団体がどうやって今後インカムの多様化を測るのかというワークショップに参加したため、なんだか忙しく感じたのだった。
ボランティアのリー(足がない)は、ひどく体調が悪いらしくて今日は来ていない。明日は金曜日だから、メンバーの中からガーデンで料理をするメインシェフを決めないといけないのだが、料理するといっていたダイリューシュはやっぱり行けないと行ってきたらしい。ムハンマドは事務所の携帯宛に、Rのコロナ対策はどうするのか?と聞いてきたらしい。

コロナ対策でRではハグはしないことを決め(足をくっつけて挨拶をしている)、料理する際の手洗い等の注意事項を書いたコロナ対策のリーフレットを皆に渡しているのだが、歯医者のムハンマド(難民申請中)には、刻一刻と状況が変わっている中でそれだけでは物足りないらしい。


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お昼ご飯時に、いつも通りトルコ料理屋に行き、ランチのお持ち帰りをする。
トルコ料理屋に行く途中、公園を横切るのだが、スージーが大きな木を指差し、「まりこ、あの木知っている?」と聞いてくる。

Plane Treeといって、ロンドンの空気汚染にはとてもいいとされているらしい。汚い空気を吸収するのだとか。木にはたくさんの丸い実がついていて、地面にはそれらがポツポツと落ちている。スージーはそれを拾い、これを育てようと提案してくる。我々は道すがら、そのタネが詰まっているであろう丸い実がどうしたら育つのかをウェブサイトで確認して、まずは24時間水に浸すということを確認した。
トルコ料理屋では、いつもの仏頂面のトルコ美人のお姉さんが注文を聞いてくる。我々は週に最低一回は通う、ロイヤルカスタマーであるにも関わらず、オーバーチャージされたりするので、スージーも私もあまり彼らを信用しておらず、「今日は何£取られるだろう」とスージーが言う。チリガーリックのソース1£を2人で分けて1人あたり50Pと、いつも通りチーズ&スピナッチ3£で計3.5£のランチ。いつも通りだ。

再度公園を横切る時、もっとたくさん実を拾おうといって2人でいくつか実を拾う。ケースワーカーでありながら、心理学の修士に通うスージーは、心理士になるために昨年からよその団体でクライアントを持ってセラピーを行っているが、同時にまたセラピストは必ず自分のセラピーも受けるので、週に1回彼女自身もセラピーを受けている。

彼女の受けているセラピーはちょっと変わっていて、大きな公園の中でセラピストと歩きながら行うもので、自然のダイナミックさと自身の精神的状況がシンクロすることもあるという。ガーデンを重要視するRにいるスージーらしいセラピーの選択だし、木の実を拾うのも彼女らしい。

お天気がいいので、オフィスの中でなくて、ガーデンに椅子を出してトルコパン(ゴズラメという)を食べる。彼女とは最近読んだ本や映画の話、家族の話とか、政治の話、階級の話なんかがよく話題になるけれど、この日もどうやって社会の富やadvantageが次世代に受け継がれるのか、逆にどういった政策がdisadvantageの再生産を食い止めるのかという話になった。スージーが、労働者階級・移民の両親からオックスフォード大に行った友人(お父さんはアル中)が、周りのポッシュな裕福なクラスメートと馴染めなかった話や、他の仲のよいインド系両親を持つロンドン出身の友人が法律の学位と修士号を持っていながら、人権系NGOで思ったような職に就けていないという話をする。オックスフォードに行ったスージーのお兄さんの周りは、音楽や美術や様々な教養を身につけたひとばかりだったという(彼女の家はいろいろと複雑で、お兄さんと彼女は一緒に育っていない)。そして人権セクターでさえ、「ホワイトでポッシュな人」が有利なのだと。去年見たHow to break into the EliteというBBCの番組で、ラッセルグループ軍の大学をファーストで卒業したアフリカ系ルーツの学生が、ロンドンのインベストメントバンカーを目指すのだけれど、結局何も職が得られないまま番組が終了するという話を思い出す。


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そうこうしていると、Tがスージーとのミーティングでやってくる。私も同席して話を聞く。ホームオフィスへのレポーティングは次はいつで、薬の処方箋等を持ってくるように言われている等を彼女から聞き、難民申請手続を担当している弁護士にもアップデートするという。彼女の弁護士は、最近彼女の難民申請手続を終えており、Tは「うまくいくような予感がしている」という。それに対してスージーは黙って聞いている。難民申請手続の初回はうまくいかないことが多いと知っているから、むやみに期待値を上げたくないのである。仏教徒のTは、「カルマ」と「運命」が会話の頻出ワードである。最近ホストファミリーとうまくいっているか?このままこのホストファミリーと一緒にいたいと思うか?とスージーがTに聞くと、この2-3週間でホストマザーのマリアが何か結論を出してくるだろうから、私は運命に任せるのだという。でも、ずっとこのファミリーと一緒にいる感じがしないと、ホストマザーがいかにTをコントロールしようとしているか(ああしろこうしろと命令してくると)を話してくる。(彼女はこの3年で15回も家を転々としている)

そのあと、Tがフローリストのコースの奨学金がおりたという話をする。320£ほど取得できたのだが、すでにコースは始まっているため、ジョインできるかどうかをスージーがその場で電話して確認し、コースマネジャーにメールを送る。そのあとの話の中で、Tが2016年に4ヶ月もの間ディテンションセンター(日本でいう入管施設)に入れられていたことを私は初めて知った。

ディテンションセンターに入れられた時はパニックで、ディテンションセンターが何かわからず監獄だと思っていたけれど、監獄ではないことを知ったこと、それでもいい経験では全くなかったと彼女は語った。それはそうだろう、UKのディテンションセンターは環境が悪いと悪名高い。今までの経験上、四年に一度大きく人生が変わってきたから、今年は難民ステイタスがゲットできるはずだとTは続ける。

Rにももう4年いるんだとTは話す。私もよとスージー。TはRに来る前からイギリスにいるから、8年くらいの間ずっと難民ステイタスを待っていることになる。

全く安定せず、先が見えない生活。それでも、ボクシングレッスンに通い、ヨガに通い、フローリストコースに通い、週に二回Rを訪れ、「私は人生を前へ前へと進めているんだ」と語るT。

先々週は週に3人ものメンバーがホームレス状態になり、友人の家にとまらざるを得なくなったり、ロンドン外の家に行かざるを得なくなったりと大きなドラマがあった。

私がリトリートに一緒に行ったCも、ロンドン内での住居が見つからず、急遽リバプールのカウンシルフラットに住まざるを得なくなった。火曜日にはRにきてたのに、その知らせがきたのは水曜日で、金曜日のガーデンにいつもの彼の姿はなかった。突然のことに、先々週はスタッフも私もショックであった。TもCがいないと寂しがり、おととい電話したという。


Tはこれから出産したばかりのSに会いにいくという。Sの赤ちゃんの名前はHope。Sが赤ちゃんを無事に産んだニュースと赤ちゃんの可愛らしい写真は、皆に喜びをもたらしたし、彼女の成長は皆にとっても希望だろう。しかし、Tによると、Sは喜びにあふれていつつも、住環境がよくなくストレスを抱えているという。

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Rから、1人でダルストンキングスランド駅に向かう途中、ジャマイカ系移民の人が集う広場を通る。最近この駅もジェントリフィケーションが進み、Rのスタッフお気に入りコーヒー店もお店の移動を余儀なくされたばかりである。

今日のTとのミーティングと「Rはまだましな方だけど、人権セクターはprivilegedな人ばっかりよ」というスージーの言葉を思い出す。先週の夜のミーティングであったうちの理事のエミリー(インベストバンカー)とミシェル(バリスター、弁護士)もいわゆるポッシュな人だった。世界は本当にコントラストで満ち満ちている。


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