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花登筐のドラマ「どてらい男」を見た

ちょっと放心状態である。マラソンを完走したあとのような(走ったことはない)、エベレストに登ったような(登ったことはない)、プルーストの「失われた時を求めて」を読了したような(読んだことはない)心持ちだ。

NHKの朝ドラの「おちょやん」を見ていて、関西のドラマいいよねえ、そういえば花登筺のドラマ「どてらい男」とか「あかんたれ」とかあったよねえと思い出し、最近はやりのサブスクで見られないかなと探してみたら、アマゾンに「どてらい男」があった。

子供の頃、テレビドラマで見ていたような気はするけれど、内容については記憶がおぼろだ。主演が西郷輝彦さんで、「やったるわーい!」ってジャンプするシーンは覚えているんだけど、どういう話だったっけ?とアマゾンのページを開くと、シーズン10まである(注)。こんなに長い話だったの?

注:初期のシーズン丁稚・独立篇、戦争篇を合わせて「立志篇」73話、「戦後篇」26話、「激動篇」26話、全125話が現在視聴できる。

とにかく一話だけ見てぴんとこなかったらやめるつもりで見る。テープをデジタルに起こしたからか、画質が悪い部分もあったり、端折られて解説がはいったりする。

主人公はもーやんこと山下猛造。演じるのは若き西郷輝彦さんで、大阪立売堀(いたちぼり)の機械器具問屋「前戸商店」に丁稚奉公に入るため福井の三方村から大阪に出てくるところから物語は始まる。

尋常高等小学校卒業後1年ほど経った推定年齢14,5才のもーやんが、なぜか円タク(タクシー)で店に乗り付ける。そのタクシーの運転手が西川きよしさん。前戸商店の若女将が中村メイコさん、高校生の娘が由実かおるさん。ああ、もうやばい。沼にはまる予感。もしかしてこれオールスターなんじゃないか。これは見てしまうやろー。

そして、延々見続けたのだ。もーやんは何かにつけて豪快などてらい男で、困難があればあるほど燃えて立ち向かっていく。そのもーやんの親友が同郷で同僚の田村亮さん演じる尾坂昭吉で、まー、この尾坂がいい人で、いい人で。もーやんが太陽だとすればまさに月のような穏やかで実直な人なんである。二人が助け合って困難を乗り越えていくところも痛快である。

他にも見所はいろいろある。

①戦前、戦中、戦後の大阪の歴史や文化、風俗。なにより流れるような関西弁にうっとりする。ときどきわからない言葉は「大阪ことば事典」で引いてみたりする。

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例えば「てんごやおまへんがな」とかよく出てくるので「てんご」を調べてみる。

テンゴ(名)いたずら。悪ふざけ。転じて小博打。子どものいたずらもテンゴであり、婦女などにふざけるのもテンゴである。また、わるさ、ともいう。大阪ことば事典より

②もーやんと尾坂の友情
太陽と月の友情。尾坂の物語もスピンオフとして楽しめる。

③敵役
あんぱんまんが活躍するのはばいきんまんがいるからで、ばいきんまんのいないあんぱんまんがきっと面白くないだろうと同様に、この物語には、もーやんの敵役がいつもいる。

・丁稚時代主人の前戸文治(沢本忠雄)
・番頭の竹田 (高田次郎)
・戦中戦後は上等兵の坂田軍曹 (藤岡重慶)

この人たちがずるくて悪くてやな奴で。出雲弁でいうと、すごくはがいいのである。邪魔され、いじわるされてもがんばるもーやんをこぶしを握りしめて応援して見てしまう。悪巧みが過ぎて墓穴を掘ったり、案外詰めが甘くて間抜けだったりする敵役にもだんだん愛着がわいてくる。特に藤岡重慶さんの坂田上等兵が最高で、だみ声で「やーまーしたー」と言って出てくると「待ってました!」と言いたいくらい。

④恩師
もーやんは尋常高等小学校しか出ていないのがコンプレックスだったけれど、社会で一生懸命学ぶ。

・小学校の恩師 堤先生(本郷功次郎)
・商いの将軍と呼ばれる大石善兵衛(笑福亭松鶴)
・支配人の岡田弥太郎(大村崑)

小学校の恩師の堤先生は先生の鑑のような人で、商いの将軍と呼ばれる大石善兵衛こと松鶴さんも、支配人の岡田役の崑ちゃんも味わい深い人だ。もーやんは営業の仕事をこの将軍さんに習ってどんどん頭角を現してゆく。もーやんのいいところって、素直なところなのだ。悪いと思ったらすぐに謝る。間違ったら正す。ああ、どこかの政治家に見習って欲しい。

⑤戦友
戦友もみな個性的だ。特に馬方(うまのえ)役のなべおさみさん。もーやんとは同じ中隊の同期の桜だ。「ゲゲゲの鬼太郎」でいうとねずみ男みたいな役柄なんだけど、もーやんを兄貴と慕う。この人のお調子者なところ、それでいてなんとなく漂うさびしさとかせつなさみたいな感じとても好きなんだなあ。

そのほか、もーやんのモーレツな母、よね(正司照江)とか、妻茂子(梓英子)とか。とにかくあ、ここにこんな人が、うわ、ここにもこんな人がと見ていて商い、いや、飽きない。

結局、2ヶ月ほどかかって最後まで見てしまった。おもしろかったー。こういう長編を見たときの癖で、普段の会話にちょいちょい「どてらい男」が現れる。「それはつまり、『どてらい男』でいうと、もーやんが自分だけ儲けようとして、他の店のことを考えずに商売して失敗したパターンと同じだと思うわ」とか、「それを『どてらい男』でいうと、もーやんが独立して店を出すときに1年お礼奉公したときの話を思い出すわ」とか。

そういう時の相手はたいていドン引きの無表情である。そしてわたしはプチ孤独。でも、いいのさ。

立身出世の話ってそういえばとんと見かけなくなった。がんばったらなんとかなるという時代でもないしビジネスのやり方も違う。今とあんまりにも何もかもが違うから、なんだか遠い国の話みたいではあった。けれどその昭和の(そして戦後の)名残みたいな空気をちょっとだけ知っているわたしはそれを懐かしくも思った。

ドラマ自体の撮り方も今とは違っていた。俳優さんがセリフをとちっても、そのまま言い直して続けていくというシーンがいくつもあった。そういうところ今よりおおらかだったのね。芦屋小雁さんがひょうきんな演技をしているときに、全員が笑いをこらえながらお芝居を続けているシーンも楽しそうでおもしろかったな。

この長編、コロナ休業がなかったら見ようと思うことも、たとえ思ったとしても見る時間もなかったと思う。憂鬱なコロナ禍のしばしの現実逃避にもなったし、元気ももらえた。花登筺の「筺」という漢字も覚えた。

一つだけ不満がある。この話、最後まで見ても完結していないのだ。しかもありえないところで終わっている。思わず「うそー!」と声を出してしまったよ。(続きがどうなったか知りたくて2日ほど眠れませんでした)アマゾンレビューを見ると同じように感じた人多数のようで、どうやらオリジナルのテープが保存されていなかったとのこと。うわーん。(少し前に「どてらい男捜索プロジェクト」というのがあったそうだ。誰かおうちで録画してた人いませんかー。)

☆原作は花登筺の小説「どてらい男」。実在の人物で「山善」の創業者山本猛夫さんをモデルにしたフィクションだそうだ。さらにドラマは原作とも違うところがたくさんある。Wikipediaがすごく詳しかったので、参考にした。原作を読むかどうか迷っている。全11巻だって。これも長いなー。

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といいつつ買ってしまいました(古本ですが)。さらなる沼へいざ行かん。こうなったら全部読んだるわーい!

☆主題歌は「どてらい男」by 西郷輝彦
作詞:花登筺 作曲:神津善行 クラウンレコード
CDを買って、ラジオでもかけたりしました笑。元気が出る曲です。

参考:どてらい男Wikipedia


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