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一体何が悪いのですか?「プロレス芸」と言って。〈その弐〉


【読者の皆様へ】
この〈その弐〉は、何卒〈その壱〉を閲覧されたのちにお読みくださいますよう、強くお奨めいたします。



 

毒霧レスラーと名作『発狂した宇宙』の関係

 昭和世代のプロレス・ファンならばザ・グレート・カブキの名はご存じでしょう。
 顔面を歌舞伎の隈取みたいにペイントして彩り、口から緑色の毒霧を吹くという独特の個性とキャラクターで人気を得ていました。
 少し後の世代のプロレス好きは、「何だ、そりゃザ・グレート・ムタのことだろ」と思われたかも知れません。
 ハイ、それも正解。
 ペイントと緑の毒霧は、ムタ(武藤敬司さん)がカブキからパクったものだからです。
 別に良いでしょ。大佛次郎(おさらぎ・じろう)先生の長編時代小説『照るくもる日』はサバチニの『スカラムッシュ』のパクリです(原典の素晴らしさを台無しにしていましたけど)。柴田錬三郎先生だって東京紳士なる怪盗を主人公として、ルブランの『金三角』をそのまんまパクった少年小説をお書きになっていました(小学生だった私は怒るどころか「舞台を日本に移してうまいこと辻褄合わせたもんだなあ」と、その才筆に感嘆しました)。
 プロレスの世界ではパクリなんて当たり前。
 パクリなくして今日のプロレスはあり得ません。うーん、ですから「パクリ」なんてネガティブな言葉がそもそも間違い、ということは言えるのかも知れません。
 日本では人気を得て第一線で活躍しても、海外(ほとんどアメリカのこと)ではパッとしなかったプロレスラーは少なくありません。と言うよりそのほうが断然多い(典型が猪木さん)。
 そうした中で、カブキさんは、ジャイアント馬場さんキラー・カーンさんらとともに、間違いなく「アメリカでも成功した日本の第一線レスラー」のひとりです。
 そんなカブキさんの出自については二説存在します。
 ひとつは宮崎県延岡市出身の日本人
で、本名米良明久(めら・あきひさ)。出身地の地名にちなんだ高千穂明久(たかちほ・あきひさ)のリングネームで選手生活を送ったのち、渡米してザ・グレート・カブキとなり、人気を博したというもの。
 もうひとつは、シンガポール出身。この地でカラテを修練していた少年だったのですが、ある日カラテの師匠を叩き殺してしまい、荒んだ心で放浪の旅を重ねたのちに、米プロレス界で「東洋の神秘」ザ・グレート・カブキとなったというものです。
  日本で知られているのは前者でしたが、アメリカのプロレス雑誌は後者を記載していました。
 この二説のうち、正しいのはいずれか。
 どちらも正しいのです。
 なぜならば。
 宇宙はただひとつではなく、無数に(無限に)存在し(=多元宇宙論)、したがってザ・グレート・カブキというプロレスラーも別々の宇宙に無数に存在し、無限のカブキの人生、カブキ・ストーリーが存在する(だから多元宇宙全体でいえば「どのようなカブキ」だっている)からです。
 ではなぜ、ひとつの宇宙の中のひとつの地球に生きているはずの私たちが、二人のザ・グレート・カブキを知っているのかというと。
 時たま別々の宇宙が混線状態になって、他の宇宙の存在とこの宇宙の存在が入り乱れる、という現象がままあることだからです。
 このあたりの理論(正直言うと私はこの理論、根本的におかしいと思っているのですが、ここでは浅学菲才の自説なんかに固執しません)と解説につきましては、フレドリック・ブラウンの名作SF小説『発狂した宇宙』(原題:What Mad Universe/1949年)をご参照ください。
 ですから。
 後者の宇宙では、シンガポールにカブキという演劇文化が存在していたのですよ、もちろん。

脱獄逃亡犯レスラーと『時をかける少女』

 梶原一騎先生原作の名作漫画『タイガーマスク』(作画・辻なおき)は、主人公の覆面レスラー、タイガー・マスクが、悪のプロレスラー養成&悪徳マネジメント組織「とらの穴」が次々と送り込んでくる反則魔の刺客レスラーを、リングで迎え撃つ、という物語でした。ジャイアント馬場さん初め多くの実在レスラーが実名で登場します。
 ですが、リング上でタイガーと対戦した実在のレスラーは思いの外多くはありません。
 そんな数少ない栄光を担った実在プロレスラーが、アントニオ猪木さんドリー・ファンク・ジュニア選手(NWA世界チャンピオン)、そしてこれから述べるザ・コンビクト(敬称略)です(余談ですが、猪木さんとの対戦は、公式試合ではなく道場でのスパーリングで、猪木さんはタイガーの回転エビ固めで後頭部を強打し、失神KO負けしています)。
 コンビクトは身長2メートル超の巨人レスラーで、でっかいドラム缶のような胴体、丸太のような腕と脚をしていました。その巨体をシマシマの囚人服ですっぽりと覆い、頭部もそれと合わせた縞柄の覆面をかぶっていたのです。
 彼は刑務所からの脱獄囚、逃亡者でした。ですから顔バレ絶対NGなので覆面レスラーになったという事情があったのです。
 ちなみに「コンビクト」とは「有罪」とか「囚人」と言う意味です。
 しかしながら。
 これだけの身体的特徴ある奴が、こんなコスチュームを着用し、こんなリングネームでプロレスして大暴れ。そんな模様がアメリカでは堂々とTV放映されていたのです(日本でも山本小鉄を子ども扱いして半殺しにしていました)。
 脱獄逃亡犯であるコンビクトに、それほどまでの好き勝手し放題を許していたFBI(米連邦捜査局)は、一体何してたんだ! と思われる向きも多いのかも知れません。
 プロレスファン以外の人ならば。
 でも、仮にもプロレスファンだったら、こんなことを不思議がってはいけません。
 〈その壱〉で、ジャイアント馬場さんが述べていたとおり、たいていのプロレスラーにはある種の催眠術(プロレス用語で「ロープワーク」と言います)が使えます。
 ザ・コンビクトには集団催眠術が使えたのです。
 筒井康隆先生のSF小説『時をかける少女』(1966年)では、未来人ケン・ソゴルが現代(当時)の中学生に成りすまします。
 しかし主人公の芳山和子(よしやま・かずこ)は、彼のことを幼馴染みと思い込んでいました。ソゴルが架空の記憶を植えつけていたからです。
 和子ばかりではありません。同級生たち、教師たち、自分の両親にしてしまった子どものいない夫婦…必要な関係者全員に架空の記憶を信じ込ませて、欺いていたのです。集団催眠をかけることによって。
 FBIおよび全米の捜査関係者は、コンビクトの集団催眠によって、脱獄逃亡犯についての記憶を抹消されていたわけです。
 このように極めて大がかりな集団催眠を描いたSFに、海野十三(うんの・じゅうざ)の『十八時の音楽浴』(1937年)があります。この作品では、未来の某国が、毎日集団催眠効果のある音楽を一斉に聴かせることにより、全国民を独裁者ミルキに絶対服従させていました。
『時をかける少女』では、未来人ケン・ソゴルがこんなことを言っています。
「催眠術というのものは、ひとりの人にかけるより一度におおぜいの人にかけるほうがやさしいんだよ。」

E・Mクン、Xへの改称には迷惑してますよ!

 今年(2023年)11月24日、新日本プロレスは、立憲民主党および同党の参議院議員塩村あやかさんに「意見書」なるものを送付しました。
塩村さんが23日にX(旧ツイッター)でつぶやいた内容についての訂正と撤回を求めたものです
(つまり発言の翌日に要求、早っ)。
 さて、しばし本稿の主旨とはまったく別のことがらにはなりますが、説明しておく必要があるので記します。
 私は以下X(旧ツイッター)とは書かずに単に「旧ツイッター」とだけ表記します(次回〈その参〉でも)。面倒くさいから。本当は単に「X」とするだけで良いはずですが、そうすると、このひと文字が文章の中にまぎれて読みづらくなり、書き手のほうだって混乱したりミスを生じたりします。
 こんな表記についての迷惑、英語圏の人たちのほうがずっと大きいことは間違いないでしょう。
 まったく、こんな無茶な男にこれほどの途方もない権限、握らせっ放しにして、良いはずないでしょ。新日本プロレスの社長あたりなら、もしかすると適役かも知れないけど(新日本プロレスの創業社長だったアントニオ猪木さんは、E・Mクンをも上回る壮大な野望の持ち主で、E・Mクンよりはるかに無茶苦茶な男でした。私には、それらの根拠をいくらでも挙げることができます)。

 

新日本プロレスの筋が通らぬ言いがかり

 閑話休題、気を取り直して。
 塩村さんが「訂正と撤回」を求められたのは、彼女に対し敵対的なある人のツィート(その内容は割愛)に反発して、塩村さんが旧ツィッターに投稿した、こんな言葉でした。
「酷いデマ。逆にどういう認知や流れでこんなデマやデマとも言えない不思議な話を信じてツィートするようになるのか知りたい。いつものことではありますが、最早、アンチのプロレス芸」
 この「プロレス芸」という言葉に反発して、新日本プロレスは訂正やら撤回やらを求めたわけです。
 まったく、何やってるのですか。
 こういう居丈高(いたけだか)な文句のことを「言葉尻をとらえる」と言うのです。一語で表すなら「いちゃもん」とも言います。
 中学生にだって分かることですが、ここで塩村さんは、新日本プロレスについてはもちろん、プロレスについても、別段何も語ってはいません。だって、そもそもの発端を作った塩村さんに敵対的な人は、あたり前だけどプロレスラーじゃないし、プロレスしてたわけじゃないもの。
 塩村さんは、ものの譬(たと)え(比喩=analogy)として、「プロレス芸」という造語を使ったのです。比喩である、ということは、すなわちこの言葉は〈イコール・プロレス〉ではあり得ない、ということを意味します。修辞学のイロハです。
 まったくわけ分かんない意味不明の造語だったら、考えるまでもなく、誰ひとり文句を言ったりするはずがないでしょう。でもこの造語はうまい、と私は思います。すとんと腑に落ちるもの。
 何てったってプロレスはSFなんですから。
 その含意はある程度理解できたからこそ、新日本プロレスは今回のような挙(暴挙)に出たわけです。
   一般論として、もちろん、ある文章中に用いられた比喩表現が、個人の尊厳を傷つけたり、特定の人たちに対して差別的だったりすることは、あり得ます。その場合は厳しく抗議を受けたり撤回や謝罪を求められたりしても当然でしょう。
 しかし、「プロレス芸」がそうしたケースに該当するとおっしゃるのならば、ちゃんちゃらおかしい。おヘソが茶を沸かします。
「差別」(や「尊厳」)は、極めて重い言葉です。滅多やたらに使うものではありません。
 新日本プロレスは、何考えて、こんな筋の通らぬ言いがかりをつけたのですか。
 果たしてプロレスの精髄(エッセンス)を理解して、プロとして仕事(ビジネス)をなさっておられるのでしょうか。
 そんないちゃもんは、表現の自由(日本国憲法の条文を引用するまでもないでしょう、しても良いんだけど)を確実に狭めるものです。
 この問題に限らず、今、日本ではこの種のいちゃもんが、あたかも正論であるかのごとくに罷(まか)り通り、文章や言葉の表現がどんどん窮屈になっています。
 それは、この国の空気が表現の自由の封殺に向かっている、ということに外なりません。
 今回の問題に関する、新日本プロレスのデタラメぶりと卑怯さについては、まだ言っておかねばならないことがあるのですが、それは〈その参〉に書きます(トドメを刺します)。乞うご期待。

以後の顛末(てんまつ)を簡略に記します


 新日本プロレスの意見書を24日に受け取った塩村さんは、その当日に(な、なんと早っ)「プロレス芸」という言葉を撤回し、謝罪してしまいました。さらには、新日本プロレスに足を運び、対面で謝罪したい、という意向をも伝えました。
 ちなみにこの申し出について、新日本プロレス側は「謝罪は求めていなかった」と言って(これはそのとおりです)、あっさり断っています。
 以上。

それでも国会議員? それでもプロレス団体?

 一般論として、いちゃもんをつけられた場合、「何だか分かんないけど、とりあえず謝ってしまう」という選択は、決して望ましいことではないし、もしかすると間違っているのかも知れませんが、私は「アリ」だと思っています。
 政治家に限らず、企業や個人の場合でも。
 正当な権利としての撤回要求や抗議とは異なり、「いちゃもん」とは、筋道だった考えなどなく、感情に任せてぶつけられて来る非理性的ものです。そうした怒りに対して、「とにかく謝る」ことには、かなりの確率で宥(なだ)めたり鎮めたりする効果があります。
 そういういちゃもんは、何言ってるのか理解することからして難しい場合が多く、実際問題、同時多発的にいちゃもんが押し寄せてきたら、時間的物理的に処理しきれない、ということもあるでしょう。
 しかし、今回塩村さんが撤回し謝罪したことは完全に間違っています。
 
謝罪に続く釈明文の中で、塩村さんは、スタン・ハンセン選手やジャンボ鶴田さんが活躍していた時代(ご自身は小中学生でした)、プロレスをTVで観ていたばかりでなく、生観戦していたことを明かしています(プロレスをTVで観た人は多いけど、会場に足を運ぶ人はそんなに多くありません)。
 福山市民会館(塩村さんは広島県福山市の出身です)で全日本女子プロレスの興行があったときには、ファンである豊田真奈美選手に握手してもらい、会場の椅子の片付けを手伝った、とも述べています。
 つまり、プロレスのことを知らない女性ではなく、よくご存じの方だったわけです。
 だったら、何で「プロレス芸」発言を撤回したのですか。
 何で、求められてもいないのに謝罪なんかしたのですか。
 
塩村さん、あなたは国民の代表者であり、国権の最高機関の一員なのですよ。
 明らかに不当な言いがかりに、だらしなく屈服してあっさり白旗を掲げ、あまつさえ、いちゃもんつけて来た自己中な頓珍漢(とんちんかん)に阿(おもね)るとは、情けなさを通り越して、呆れて二の句が継げません。
 
「意見書」なるものについて、塩村さんはこう答えてやれば良かったのです。
「あなたたち、それでもプロレス団体? プロレスのこと、もっと勉強してから出直して来て」と。


                         〈その参〉につづく


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