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ロリータ、歌えさあ今〜映画のような、3月の夜の話。〜

生ぬるい、土砂降りの夜だった。
3両編成の列車を降りて、静まりかえった帰り道、
ふとイヤホンから流れ始めたその歌に、私は声をあげて泣いた。



7.8年ぶりくらいだろうか。
高校時代に勤しんだ吹奏楽部のOB演奏会のために、私はやや重い腰を上げて故郷に向かっていた。

あらかじめ言っておくと、私は吹奏楽が嫌いなわけではない。
青春時代に私を守り、私の土台を作ってくれたのは、紛れもなくこの吹奏楽である。

当時の私のアイデンティティだったし、音楽で"自分"を保つ、最初のきっかけを与えてくれた。そしてたくさんの思い出や経験をくれた。


ただ、今の私にはもう合わない。それだけのことだ。
こちらから冷酷な振り方をした昔の恋人に再会する、そんなところか。

本当にいろんなことを与えてくれた、もはや自分の一部だったし、でも不条理と初めての挫折も教えてくれたあいつ。やはり別れた昔の恋人、がしっくりきそうだ。



最寄りの高速バス停に着いた頃には、もう時計の針は0時を回っていた。
家に着き、布団に入ろうとしたその時、母の元に一本の電話が入った。

祖父が入院している病院からだった。そろそろかと言われてからもう3ヶ月が経っていた。
深夜の静まり返った国道を飛ばして病院へ向かう。走り抜けていく街の灯りが妙に美しかった。

病院で、祖父に最期の挨拶をした。
優しい表情だった。


3月は私の生まれ月で、大好きな祖母の生まれ月でもあり、祖父が尊敬して止まない曽祖父の命日(そしてそれは私の誕生日)でもある。

3月を選び、私の到着を待っていてくれたのだろうか。
そして葬儀までには2.3日はかかるので、つまり、明日の演奏会にも参加できる。

祖父の粋な計らい、なんてよく出来た話だろう。



翌朝、早くからリハーサルがあった。
前日のこともあり、見事に寝坊して遅刻した私は、曲が始まっているステージを、舞台袖から眺めていた。

全く別の場所でそれぞれの人生を歩んでいる人間たちが、何年振りかに集まってすぐにこんな演奏ができるのかと、
ただただ純粋に、そこに響いている音楽とその空間に感動した。

当時の空気、当時の音、当時の眼差しがそこにあるようで。
それだけ当時の私たちは、このステージでの演奏に全てを賭けていたのだ。

その日のハイライトは圧倒的にその瞬間だった。
自分はもうその舞台の上にはいないこと、もう何かが決定的に変わってしまっているということ。

それはブランクがあり、練習する時間もとらず、自分がもはやまともな音すら出せなかったことだけが原因ではない。

私は自分が愛する音楽を、もっと別の所に持っている。
クラシックを自分の中で葬った後、自分が本当に没頭できるもの、何よりも心が動くものに出会ってしまっているのだ。


幸せなことだと思った。

次にこのステージに立つときは、その音楽で、今の自分で立ちたい。

感謝、復讐(語弊があるかもしれないが)、愛、覚悟、諦め、そして希望。
10年以上立ち続けた、私を育ててくれたこのホールには、色々な感情が染み込んでいる。


また必ず帰ってくるから待っていてほしい。

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演奏会から懇親会までを無事に終え、ひとり地元の駅に到着。

土砂降りの雨の中、誰もいない道を歩き始める。
「もうあそこには帰らないな」
今まで持っていた後ろめたさや、あの時もし別の道を選んでいたら、という気持ちとは、もう決別しようと思った。




ドレスコーズの曲を流し続けていたイヤホンから、不意に『Lolita』が流れ始める。


(さあ、始まりの朝だ)
-振り向かずに、そのままで聞け
いいかい ロリータ
全ては今 君の目の前さ

ロリータ 歌うは今
燃える頬に 夜明けの風
ロリータ 歌えさあ今
光は見たか? 振り向くなロリータ

すでに君は 正しいのだ
怒りはあるか? それでいいロリータ

ロリータ 歌うは今
そうだこれが生まれた意味だ
ロリータ 歌えさあ今
すすめ 君は美しい ロリータ



自分でも不思議なくらいに、涙が溢れた。
その優しい歌に、あまりにも今、この時の歌に、
声をあげて泣く。

激しい雨音は私の感情を煽り、
そしてぐちゃぐちゃの顔を優しく隠してくれた。




「ありがとう」そう自然と口からこぼれていた。

こうやって音楽に背中を押され、抱きしめられ、救われたこととは今までの人生の中で幾度となくあった。

でもこの夜の音の響きは、その歌声は、特別だった。



私はこのまま進もう。

もう前に進むしかないと思った。
ここまでの道は間違っていない。




そしてその曲のスカアレンジを、彼の口から歌われる生のその曲を、
数ヶ月後に初めて聴けることとなる。

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人生は悪くないなと思う。


 

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