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001夜 As time goes by - 時が過ぎてもそこにある、「普遍」と「不変」。

映画「カサブランカ」(1942年)の主題歌で有名なこの曲。イングリッド・バーグマンが、こんなセリフで黒人ピアニスト(ドーリー・ウィルソン)にリクエストする場面を思いだす方も多いのではないでしょうか。「Play it, Sam, Play "As time goes by"」

スタンダードを語るスタンダード。

千夜一夜の1曲めにこの曲を選んだ理由は、この曲の「ヴァース」にあります。ヴァースとは、歌がはじまる前に語りのように入る前歌の部分。ミュージカル生まれのスタンダードにはよくあるものです。いまではほとんどの曲のヴァースが歌われなくなりましたが、曲の「解題」というか、言わんとすることを知るのに役立つこともあるんですよ。そんな話はまた別の機会にするとして、この曲のヴァースはざっと訳すとこんな感じ。

僕らが生きてるこの時代 不安をかきたてるものばかり
スピード、新しさを求め続けられ 迫り来る現実
だけどそんな「進歩」や相対性理論にみたいなものには
時々飽き飽きする
たまには地に足をつけて リラックスして羽を伸ばそうよ
これからどんな進歩や発見があっても
人生におけるシンプルな一つの「真理」は
変わらないんだから。

そしてこの後の歌詞で、キス、ため息、思いを伝えるI love youといった常套句、月の光やラブソングといった時代を超えて変わらないものが羅列されます。どんな未来が訪れようと、どんなに時が過ぎようと変わらないものがあると思えること。そして世界のどこでもそれがあるということ。この曲は、そういう不変と普遍を歌った「メタスタンダードソング」みたいな曲なんですね。

ごはんとみそしる、そんなシンプルな人生の楽しみのような。

ジャズスタンダードが「スタンダード(基準)」と呼ばれる理由。それは年月を経て忘れ去られ、闇に葬られたたくさんの曲がある中、多くの人に歌い継がれ、愛されて残ってきた精鋭中の精鋭であるということ。いまジャズで演奏される「スタンダード」は1960年代までの曲が9割方を占めています。それ以降はスタンダードになる曲が急に少なくなってしまう。それは音楽のみならず、文化全般の「複雑化」「個性化」の歴史でもあるわけですが、大衆向けのものが少なくなっていくと同時にスタンダードもなくなっていくわけです。普遍的な、ある意味常套句のようなもの、さっきのヴァースの中にでてくる「Simple facts of life(人生におけるシンプルな真理)」。
だからスタンダードは、曲の構成も、歌詞もいたってシンプル、わかりやすい。だからもう飽きちゃったっていう人もたまにいたりします。そりゃあ複雑なリズムや超個人的なリリック扱ってた方が刺激はあるかもしれない。でも、たまにはほら、すごーく凝った料理じゃなくて、ごはんとみそしるとかさ、そういうもの食べたいときもありますよね。そんなときにスタンダードが教えてくれる不変で普遍な人生の楽しみに浸ってみるのもアリではないかと思うわけです。

ミュージカルで生まれ、銀幕で愛された曲。

もともとはこの映画オリジナルではなく、舞台作曲家ハーマン・ハップフェルトによって1931年のブロードウェイミュージカル「Everybody's Welcome」のために作られた曲。ミュージカルの中で歌ったフランセス・ウィアムズをはじめ、ルディー・バリーの歌で当時もヒットしましたが、爆発的に有名になったのはカサブランカの映画が公開されてから。ちなみに全体の映画音楽を担当したのはマックス・スタイナー。スタイナーといえば、キングコングで映画音楽の原型を作り、映画音楽の父と呼ばれた人。そんな彼がこの「As time goes by」の使用を映画全体の雰囲気に合わないと言って、最後まで反対していたと言われています。(のちにこの歌が大衆の心をつかんだことを1943年のインタビューで認めましたが)映画公開の後、ルディー・バリーの歌がリバイバルして、21週間ヒットチャートを飾ることになりました。
ヨーロッパ脱出をはかる人々であふれる仏領モロッコの寄港地カサブランカを舞台に二人の男と一人の女の三角関係を描いたこの映画は、もともとは反独プロパガンダ映画として製作されたもの。まさに大戦真っ只中の42年に公開されたタイムリーさもあり、初公開時から人気は高く、リックのバーで「ラ・マルセイユーズ」が歌われるシーンでは、観客が総立ちになるほどの熱気でした。アカデミー賞は8部門でノミネートされ、作品賞、監督、脚色の3部門で受賞しています。そして冒頭に書いた通り、この曲が登場するのは、ハンフリー・ボガート演じるリックとイングリッドバーグマン演じるイルザの再会のシーン。ピアノを弾くサム役は、ドーリー・ウィルソン。このサム役、最初は女性が予定されていてレナ・ホーンや、エラ・フィッツジェラルドの名前も挙がっていたそうです。またドーリー自身はピアノが弾けなかったので、このシーンではエリオット・カーペンターがかわりに演奏しています。

「君の瞳に乾杯!」をはじめ、さまざまな名セリフでも知られるこの映画。この歌が登場するシーンのセリフ「Play it, Sam, Play "As time goes by"」は、ウディアレンのパロディ映画のタイトル「Play it again, Sam」にも引用されました。また邦題は「時の経つまま」「時の過ぎ行くまま」。歌詞の意味からするとちょっと違うように思いますが、「時が経っても」よりもなんとなくゴロがよくて印象に残るのかな。

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