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ボストン留学 謎のライブ回診

夕方ごろ。
「今日は難症例の回診があるから、来るかい?」と教授に誘われました。
「いや、行きたいですけど、こんな恰好で行っていいんですか?」と聞くと
教授は「何も問題ないよ」と。
今日の私は、でろでろにくたびれたセーター、もう4,5年は着古したユニクロのライトダウン、ゴム長靴、という、あまり服装を気にしないボストンの研究者の中でも、かなりひどい部類のいでたちです。

ええ?回診って、そういうものじゃなくない?

教授回診といえば、一昔前の白い巨塔ってほどじゃないですけど、基本はパリッとした白衣に、男性はシャツ、ネクタイ。白衣を前開きに着ただけで「接遇がなっとらん」とひどく叱られたものです。

教授に連れられて到着した会場は、講堂みたいなところに、大きいモニタースクリーンがあって、椅子は映画館ばりにフワフワです。極めつけは飲食自由。みんなドリンク片手にスナックをバリバリやっています。
そこに、家族に付き添われた色々な患者さんが、かわるがわる入ってきて、眼科のブースによくある、あの顔をのせる顕微鏡(細隙灯)の前に座らせられます。
そうすると大画面に顕微鏡を通した所見がライブ映像として映し出されるので、それを見ながら、みんなでああでもない、こうでもないと、治療方針について、好き勝手に話し合います。

勤務時間外で、参加自由、服装自由。
研修医の子たち、私みたいな客員研究者、教授陣、よその病院のゲストの教授、50人はいるでしょうか。

患者さんを取り囲んで、患者さんの目の前で、みんな喧々諤々。
白熱の議論です。
患者さんはみんな、自分について好き勝手言っているのを、聞いているような、聞いていないような、なんとも言えない表情をしています。

日本でも、私が研修医をしているころ(6,7年前でしょうか)、脳神経内科だったかな?そんな回診もありました。
沢山の医者に取り囲まれる、たった一人の患者さん。
でも、それでも医者はみんな勤務時間内だし、白衣でお行儀よくしてました。間違っても私服で、足組んでスナックぼりぼりなんてしてない。

しかし、患者さんの目の前で、こんな風に議論が活発にはなることはありませんでした。
何か言ったら怒られるんじゃないか、患者さんに失礼なんじゃないか、指導医に恥をかかせるんじゃないか。
そういう強迫感があって、我々研修医や若い先生たちは壁際に縮こまって貝になっていました。

いろんな考えの人がいると思うけど、私はこのいかにもアメリカっぽい回診のスタイル、いいなーって思いました。
患者さんさえ、抵抗がなければ。

日本で私が経験した回診のように、勤務時間終了間近に、脳に糖が足りない、しかも極度のプレッシャーがかかった状態で、柔軟で進歩的な発想ができるわけがありません。
他の人の言ってることも、いまいち頭に入ってこないし(それは私の集中力の問題かもしれませんが)

この謎回診も、そもそも勤務時間外にわざわざ来てるんだもの、だらしない恰好をしていたって、みんな真面目なんです。
目の前の患者さんについて真剣に考えています。

また、これは患者さんの目の前で、部外者の先生に何を言われても、説明できるし、責任もとれるっていう担当医の自信の表れでもあると思います。

ここにきてる患者さんはみんな難症例で、文殊の知恵、ウルトラCの打開策を求めています。
リラックスした姿勢で、お菓子で血糖を補いながら、何を言っても否定されない、自由な雰囲気の中で、それでこそ、患者さんのためになる有意義な議論ができるってもんです。

患者さんはどっちがいいのかな?
いかにもな白い部屋で白衣軍団に取り囲まれるのと、映画館みたいなとこでスナックバリバリ私服軍団に取り囲まれるのと。
どっちもやだけど、私なら、スナック軍団だな。これは人にもよるか。

まあ、私の場合、常にお菓子が食べたいだけっていう話もありますが。

ボストンで経験した、謎のライブ回診の話でした!(たぶん、たまーにしかやらないやつだと思いますが)

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