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オペラ「夏の世の夢」の余韻〜「思考力を磨く音楽学」

先日、新国立劇場で開催されたイギリスの作曲家ブリテン作曲のオペラ「夏の夜の夢」の千秋楽に行ってきました。

気持ちのいい余韻がしばらく続き、終演後に思わず購入したプログラムを読みながら、再びあの世界観に一人静かに浸り直したりしていました。

体内に残る美しい波紋の意味するところ、そして最近感じるアートの在り方について、また、常日頃大事にしている音の「色気」について、まだおぼろげながらも一本の線が繋がったので、少し書いてみようと思います。

まず今回、「夏の夜の夢」という作品に、鑑賞前から特別な想いを抱いていました。中高生の頃大好きで何度も何度も読み返した漫画「ガラスの仮面」。その中で、主人公マヤが演じていた役のひとつが、シェイクスピアの戯曲「真夏の夜の夢」の妖精パックです。


やはりストーリーそのものに思い入れがあると、こうも自然に入れるものかと改めて思いました。それは例えば、密着取材を受けたアーティストのドキュメンタリー番組を見たあとに、その方の公演などに行きたくなるのと同じだと思います。
なにも、毎回の鑑賞前に頭でっかちになるほど知識を詰め込んで行く必要もないと思います。まっさらな気持ちで何を感じるのか、それもとても大切な感覚。でもやはり、「体験」ではなく「経験」としてアートを楽しむには、観客という一見受け身の立場であったとしても、積極的に作品に関わろうとする姿勢が大事になるなと再確認した訳です。
この「体験」と「経験」という言葉は、こちらの泉谷閑示さんの書籍「本物の思考力を磨くための音楽学」に書かれていました。

この本では、音楽の「感動」の秘密をあらゆる角度から探り、筆者の音楽への深い愛情をもって思考を深めていくのですが、最後の第7章「音楽が愛とロゴスを取り戻す」の中で、

「表現というものは、すべてを表現してしまってはならない」ということです。これが「色気」のあるものの勘所でもあると思うのですが、鑑賞者の側にもイマジネーションの力が備えられている、ということを十分に計算に入れていなければならないのです。

と書かれています。この抜粋だけではなかなか伝わらないニュアンスではあるのですが、中で引用されている演出家のピーター・ブルック氏や作家の谷崎潤一郎さんの言葉と共に、自分が長年感じていたアートの「色気」について、とても腑に落ちたのでした。ご興味ある方は是非お読みになってみてください。

私にとって「いやらしさ」とは全く別物の、音の周りに漂う「色気」は必要不可欠なもので、音楽をやっている一番の理由はその感覚を愛しているからに他なりません。ただ、この感覚はかなりパーソナルなもので、音楽家、あるいはアーティストを名乗っているいない関係なく、共感できる人とできない人とに分かれると感じます。それは優劣でも楽観でも悲観でもなく、体質のようなものだと思っています。ただ、おそらく似た感覚の持ち主であろう泉谷さんのこの本を読んで、それが余白であったり余韻であったり、ちょっとした隙であったりするのだなと、初めて右脳で少しだけ理解できました (笑) そして、聴衆のイマジネーション力を信頼して、そういった表現をこれからも恐れずにしていきたいと、想いを新たにしました。

話は戻りますが、オペラ「夏の夜の夢」では、そんな「色気」がたっぷりと感じられました。ブリテンの音楽も、グリッサンドが多用されていたり、現代的なハーモニーがなんの気負いもなく自然と聴衆をファンタジーな世界に誘います。舞台も衣装もまるで絵本から出てきたようだったし、森の揺れるような木漏れ日や透き通った月明かりを思わせる光 (照明) の演出にもうっとりでした。

そして、カウンターテナーの藤木大地さん演じた妖精王オーベロン。透明感とあたたかなとろみを携えたような妖艶な歌声に、脳内も心も魔法にかかって溶けてしまいそうでした。マジカルなだけではなく、嫉妬深いオーベロン王の色々な表情を表現されていて、そのコントロール力にも脱帽。

4人の恋人たちが目覚めた瞬間の、間がたっぷりととられたシーンも、本当に耳福なひとときでした。特に大隈智佳子さん演じるヘレナの声が、スーッと気持ちよく全身に沁み渡るようでした。

妖精たちの思惑に翻弄される人間たち。神さまの世界から見たら、きっとこの人間界はさぞかし滑稽に見えるんだろうなと思いながら、その感覚が自分の日常に落とし込まれるのをまた楽しむ。触れるアートひとつひとつに対して、もっと大事に味わい尽くしながら接していきたいし、そう思っていただけるようなひとときをお届けしていきたいと心新たにするような、本当に素晴らしい舞台でした。

サポートというあたたかい応援のお気持ちは大きな励みとなると共に、実際のアーティスト活動を支え可能にするパワーとなります。それを皆さまと分かち合える日を楽しみに...♡