《介護が始まった5-1》滑り出し
【母の介護が本格的に始まったと思ってた時期のことを書いてます。今の母は順調です。】
長らくお待たせ?致しました。
書けなかった理由については
↑こちらをどうぞ。
このシリーズの前回の記事です。
皆さんは予想できましたよね。
ジェットコースター🎢ってタイトルに入れてたくらいですしね😅
そうです。凄い勢いでの直滑降でした。この日は、あまりのショックで涙は出るわ、手や体は震えるわ💦
前回の記事で書いた日の翌日のことです。思い出すのも辛いですが書いてみます。
①もの忘れ外来の日に、お引っ越しして1ヶ月振りに元の母に戻る。
②翌日も昔の通りの母と過ごす。
③その翌日←ココです。
この日は、母の持病で通ってる東京の掛かりつけの病院に行く日でした。
パンデミックになってから今までは諸事情により、我が家→実家→病院@都内→実家と、主人が通院の送迎と付き添いをやってくれてました。
我が家の近所にお引っ越ししたので私も行けることなり、実に数十年振りについて行きました。主治医の先生が研修医から副院長になってましたよ!この先生とも数十年振りです。(数年前までは元々の主治医)
思い返してみれば、この日は朝からおかしかったんですね。
朝ごはんは自ら一番乗りで食堂へ。なのに、食べた後また来たようなんです。食べましたよ〜とスタッフさんに言われて「あらー。勘違いしちゃったわ」と笑って帰ったものの、また来て食堂でテレビを見てました。私が迎えに行った時は、部屋着のまま(お出掛けの準備は全く無し)食堂でテレビを見てる状態でした。
ちょっと「あれ?」と思ったけど、とりあえずお部屋に連れて帰って行く準備をバタバタして車に乗せました。
前々日は喋りまくってましたが、この日はぐったりとすぐに寝込んでしまいました。お茶を飲ませたかったけど、寝てしまってるので悩みながらも寝かせておきました。これがのちのち事件の引き金になろうとは!!
まず検尿があるんですが…ここで事件が起こりました。
トイレから戻ってきた母に
「検尿出せた?」
と聞いたら
子供が悪いことをした時のように、テヘペロって笑いながらちっちゃい声で
「捨ててきた!😝」
って言ったんです。
へ?😳
と聞き返したら
「捨・て・て・きたっ!😜」
と私の耳に口を寄せて、またちっちゃい声で囁いたのです。イタズラっぽく。
はーぁ?😨😨😨
腎臓の病気だから検尿は必須なのに??
びっくり仰天してトイレに確認しに行くと、個室の中の小さい棚のところに検尿カップが置いてあり(①)、確認すると母の名前が!
戻って「ちゃんと出してきて」と言うと、カップを持ってふらふらとトイレ方向へ歩いて行きました。
どうにも不安だったので少し後から着いていって、トイレの壁の向こう(個室ではなく)に母が消えた一瞬後に顔を出してみると!
私がいないことを確認した後に、ちょうどゴミ箱(緑🗑)に捨てるところだったのです‼️②バッチリ目が合いました。
ちゃんと私が着いてきてないのを確認してからゴミ箱(緑)に検尿カップを投げ込もうと腕を振り上げた母の姿を見て、頭に血が昇っちゃったんです。
尿が出ないのは仕方ないと思います。でも、でも、なんで捨てるの⁉️捨てなくてもいいでしょ‼️それも悪いって分かってる感じで。って思ったら頭にきて頭にきて。
前日のシャンとした母とのギャップが凄すぎて、血の気が引いてショックで貧血を起こすかと思いました。私が😅
結局、主人が担当科のナースに相談に行ってくれて、主治医が「ま、出ないものはしょうがないよねー」と検尿は無しになりました。
そこまでだったら、私がワナワナすることも泣くこともなかったのです。
長くなるので続きます。