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野生の感覚を研ぎ澄ませる

 シャベルで土を掘る。最初はシャベルを立てて、力一杯押し込む。てこの原理で掘っていくと、だんだん柔らかな土の匂いがしてくる。緑の匂いが余計に濃くなり私の周りを囲んでいく。そして少し湿った土の匂い、しゃがんで掘るという行為をすることで普段は自分の目線分だけ遠い地面が間近になる時の感覚。そういうものがまるで野生に戻ったかのようで懐かしかった。

 土いじりじゃなくて穴掘りと呼ぶ。土いじりはガーデニングをメインとしたイメージが強いので、土を触ることを目的としていないところがなんか違う。

 小さな頃「ヤマトちゃん」という紀州犬の姉がいた。呼び捨てにすると、怪我しない程度に噛んで怒られ、訂正すると「よく言えたわね」というように舐めてくれる。躾に厳しいヤマトちゃんだったが、穴掘りをする時だけ童心に帰るようだった。夢中で一緒に掘ってくれる。

 ヤマトちゃんの中の野生を刺激するようで、そういう興奮が幼い私にも伝染する。このまま一緒に掘っていったら地球の中心に近づいたりするのかもしれない。それでもっともっと掘りすすんだら、反対側にある国にぽこっと出ることができて、外国の人がワーオと驚いたりするのかなあと穴掘りしながら空想した。

 時々プラスチックでできた白い男性の人形の頭部だけ出てきたり、よく肥えたみみずが出てきてギョッとすることもあったが、そういう時はそっと土を元に戻した。ヤマトちゃんとの特別な時間だった。

 大人になって穴掘りができるような場所もなく、コンクリートの地面ばかりの場所ではたまに息ができなくなる。本当に息ができない訳ではないけど、そういう時はラピュタの中でシータが言っていた名台詞、「土から離れて生きられないのよ」という言葉を思い出して、ほんとそれなと呟く。

 この間友人と散歩した時に、河原のすぐそばの木の下で、切られた枝にくっついている大きなキノコのようなものを見つけた。木に生えていたのを誰かがこれはよくないと思って切ったのかもしれない。そう想像するような得体の知れない存在感があった。友人に向かって、「私がこの後、高熱が出たり身体に異変があったりしたら証言してほしい」と前置きしてから、頑丈そうな木の棒で、巨大キノコをつついた。

 マスクをした上でさらに口をハンカチで押さえて、まじまじと見る。弾力が固いスポンジくらいあり、ちょっと黄色い。そこまで用心するならやらなきゃいいのにと思うかもしれないが、野生に帰らなくてはいられない時があるのだ。あとで友人には「つついてる姿は本当に4歳に見える」と言われたが、気分的には大変満足した。この瞬間だけは、ちゃんと地球という星に住んでいる、たった一匹の生き物であるということを思い出させてくれるのだから。


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