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カナ

「それって、おかしくない?!」


照明をおとしたレストランの店内に、恋人のカナの声が妙に大きく聞こえた。

ボクは秋にアメリカ留学を控えている大学2年生で、向かいに座るのは同い年のカナだった。


こちらは、古賀裕人さん主催の古賀コン2応募作品です。
テーマ「アメリカの入学式」
続きはこのまま読めます。


少し前に、渡航当日、空港に見送りに行くかどうかと、なんとなく2人で話していると、

「空港って遠いじゃん?交通費もかかるから、そのお金でちょっといいとこにご飯、食べ行こ」

カナは無邪気に言ってきた。
ボクはどっちでもよかった。

なんとなく雰囲気の良さそうで、料理の値段もそこそこなこのレストランにおちつき、リョーヘイの話をしていたら「それって、おかしくない?!」と驚かれた。

リョーヘイは、選択授業が一緒で仲良くなった、大学の友達である。

そいつが、この日、午後の授業を受けるため、昼から大学に来る。

ボクは朝から授業だったので、昼に講堂で合流しよう、と連絡していた。

電車でくるリョーヘイに、駅から大学の間にある、コンビニで飲み物を買ってきて欲しい、と頼んだのだ。

リョーヘイは、「いいよ」と言ってくれた。
カナが声をあげたのはこの次である。

講堂で合流したリョーヘイはボクに買ってきてくれた飲み物を出した。

「147円だった」
「サンキュ、頼んで悪かったな」

ボクはリョーヘイにキリよく150円を渡した。

「そこ!そこよ!なんで200円じゃないの?!買ってきてくれたのに安すぎる!」

どうやらカナは渡した金額に納得がいかないらしい。

ただでもらおうとしたり、まけてもらおうとしたりした訳じゃないのに、と説明したが、信じらんない、といった風に目を丸くした。

「ちゃんと、多めに払ったじゃないか、価値観の違いじゃないのか」
「うっそ、信じらんない」

言葉でも、「信じらんない」って言われた。

ボクはこのあと、カナが、「さ、食べよ!」と言って、明るく食事を続けるかと思ったが、無言で続きを食べ始めた。

その後の料理の味は覚えていない。

二人でレストランを出たところまでは覚えていて、なんとなく、無言の空気に耐えられなくなり、レストランが入るビルの入り口で別れることにした。

カナは一言も発しなかった。

150円か、200円かは、そんなに重要なのだろうか。

リョーヘイへの頼み方がいけなかったのか、そもそも頼んではいけなかったのだろうか。

小さいことだが、いろんな考えがぐるぐるまわりはじめた。

たかだか、通りがかるコンビニのおつかいを頼んだだけなのに。

家に帰り、就寝前、ベッドでぼんやりとスマホを眺める。

渡航先、アメリカ、日付の迫った航空券が目の前にくる。

アメリカの学校に入学式らしい式典はないらしい。

けど、寮の説明やオリエンテーションがあるから、この日に来てください。

と説明があった。

突如、背筋が凍る。


航空券の日付が一日間違っているのだ。
手の中でスマホが勢いよく2回跳ねて、ベッドの下に落下した。

きっと何かの見間違いだろう。
カナとも喧嘩してしまったし、明日、ゆっくり見てみよう。

翌日になって、もう一度航空券を見てみたが、やはり日付が間違っていた。だが、不思議ととり直す気にはならなかった。

飛行機の時間を間違えて、は英語でなんて説明するのだろうか。

カナとの小さいことでの喧嘩で、どうでもよくなって、なんとなく投げやりになっていた。

同じ便で何人か来ることになっていたので、スタッフから連絡がきたら返信して、指定された場所には自力で行こうと、甘く考えた。

結局何もしなかったボクはそのまま、渡航の日を迎えた。

***

平日にもかかわらず、混雑している国際線ターミナル。

当然ながらカナの姿はない。
空港に見送りに行くかわりに、レストランの食事を提案したカナ。

ボクはどっちでもよかったが、空港に見送りに来てくれたら、喧嘩しなかっただろうか。

でも、余裕をもって空港に到着し、何気ない会話で、リョーヘイの話になっていただろう。

遅かれ、早かれ、ボクとカナは喧嘩をする。


飛行機に乗り込み、9時間以上のフライトはあっという間だった。
スタッフからの連絡はまだ来ていない。

荷物をピックアップして、空港内の集合予定場所に行ってみる。
すると、現地スタッフが出迎えてくれた。

ボクは間違った飛行機を予約していたから、別の団体が声をかけてくれたのかと思った。

スタッフは名簿をみてくれたが、どうやらあっているらしい。

ああ、時差の関係でこの飛行機を予約したんだっけ。

送迎車の中でぼんやりと思い出した。カナとのこともあって、少し冷静ではいられなかったようだ。

アメリカの学校は本当に入学式らしいことはなかった。

新しい環境に慣れるのに手一杯で、あっという間に数週間がすぎていった。

現地で仲良くなった男友達が、カフェに行こうと誘ってくれた。

街中にある、落ち着いた雰囲気のカフェだった。

「ここのバイトの子が可愛くてさ、カナっていうんだ」

「カナ」

ボクは異国の地で、カナを思い出した。


終わり

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