「スーパースターを唄って。」を聴く

前置きとしての雑感


 2000年代の日本のHIPHOPシーンは、所謂「冬の時代」に入り、多くのアーティストはアンダーグランドに活動の中心を置いていたと聞く。

 2010年代以降そんな状況が変わっていった。高校生ラップ選手権やフリースタイルダンジョン、ラップスタァ誕生等のテレビ番組の制作と「冬の時代」に培われたHIPIHOPの多様性が相まって、2024年現在では10〜20代の若者を中心に人気のある音楽ジャンルとして裾野を拡げている。

 未だアメリカに遠く及ばないだろうが、日本で確実にHIPHOPが文化として根づきつつあるという兆しは、音楽・ダンス、グラフィティーアートなどの典型的なHIPHOP的カルチャー以外の領域でも感じられる。

 その一例が「漫画」だろう。マスメディアでの注目や登場人物が「戦う」という物語的な都合の良さとの親和性からMCバトルを題材にした漫画の連載が幾つかみられた。「音楽」を題材にした名作漫画は、のだめカンタービレやBECK、四月は君の嘘等々いくつも思い浮かぶが、まさかMCバトルを漫画で読めるようになり「ここまできたか」と不思議な感覚を抱いたことを覚えている。

 しかし、本作「スーパースターを唄って。」はMCバトルが題材ではない。

 主人公:雪人は、過酷な家庭環境で産まれ育ち、地元の半グレとのしがらみからストリートハスリングで暮らしている。自身が望まない形で半ば押し付けれらたクソッタレな日常の中で、押し殺していた感情をリリックに昇華してラップを始め、ゲットーから這い上がろうと試みる。ある種の「テンプレ」的Rapper像をベースにしつつも、その緻密な情景描写に引き込まれ、自分と全く異なる人生にも関わらずにHIPHOPヘッズとして心を動かされる場面が何度も出てくる。

 雪人がストリートハスリングの経験からリリックを綴る姿は「漢 a.k.a GAMI」や「NORIKIYO」を重ね合わせてしまうし、リリシストとして親友兼プロデューサーのメイジや先輩ラッパーのリリーを魅了するシーンは「BOSS THE MC」や「小林勝行」を彷彿とさせる。
 また、雪人やメイジに大きな影響を与えた雪人の姉:桜子との関係は「SEEDA」の「花と雨」を想起させるだろう。

 自分が大好きな日本のRapparたちの断片と重ねながら読むと、日本のHIPHOPヘッズの心を鷲掴みにされることは至極当然なのかもしれない。

 特に一巻 第六話[悪党の詩]で、雪人がしがらみのある先輩・後輩といざこざが生じた後に臨んだ初ステージでの語りのシーンは鳥肌がたつ。このシーンは、実際にライブ会場に居て語り掛けられているかの様な錯覚を抱いてしまうほど圧巻なものだった。

 アーティストとしての体面を保つための虚飾にまみれた言葉ではなく、自身に降りかかる「リアル」を淡々と語り、徐々にリズムを刻みながら曲へと入る、その過程はHIPHOPのライブ現場で偶に出会える危険さと神聖さが混ぜこぜになった独特のひりついた空気感を再現してくれている。

 日本のHIPHOPが好きなら是非読んだ方が良い。2024/8/3時点で三巻まで出版されており、二巻以降も初ステージを経た雪人やその仲間たちに色々な苦難や葛藤があったことが分かり、どんどん目が離せない展開になる。

”クラシック”な題名

 漫画の題名に作者はどんな意味を込めてるのだろうか。
週刊連載の漫画ならば、山の様なタスクと地獄の締め切りのせいでその場しのぎ的に題名をつけてる時もあるだろう。

 しかし、「スーパースターを唄って。」は違う。各話で、HIPHOPの”クラシック”と言われるような有名曲の名前が使われている。そして、曲名が漫画の内容とリンクさせようと作者の薄場圭先生が意図を込めている様に感じる。

 「スーパースターを唄って。」はもちろん漫画単独でも楽しめる作品だと思うがせっかくなら各話の題名の元ネタも聞くことで、さらに漫画を楽しめると考え、勝手ながらYoutubeのリンクをまとめておきたい。

第一話[Fate]

第二話[Shook Shook]

第三~五話[AME NI MO MAKEZ]

第六話[悪党の詩]

第七~八話[蓮の花]

 恐らく、神戸薔薇尻(小林勝行)の「蓮の花」と思われるが、Youtubeに公式のPVやAudoが見当たらなかったのでリンクは割愛。

第九話[Music is mine]

第十~十四話[Represent]

第十五話[Life Goes On]

 薄場先生は日本のHIPHOP縛りで各話のタイトルを付けてると思い、89年式のスターであるZORNのLife Goes Onを思い出した。加えて、ZORNは日本でも屈指のリリシストであり、なおかつフックは女性シンガーのSAYが担当してることから、作中の雪人とリリーとも重なる部分がある。

 ただ、メイジがリリーに対して発している単語を踏まえるとアメリカの偉大なレジェンド2Pacの可能性もある。

第十六~十八話[Nexxxt Big Thing]

第十九~二十五話[Robbery]

 第二十六話以降も連載が続いている。最新話は、ビッコミやマンガワンで読むことができる。単行本を読み気になったら是非続きも読んでほしい。

 また作者の薄場圭先生は、日本のHIPHOPヘッズなら誰もが知ってるであろうニート東京にも出演している。HIPHOPを好きになったきっかけが「Anarchy」と語っていたりして、HIPHOPが好きなことが伝わってくるので興味があればこちらも観てほしい。


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