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「MLBのレブロン・ジェームズ」は、いかにして360億円の契約を勝ちとったか?

「なんだか、野球選手っぽくないなぁ」
彼を初めて映像で見た時、そんな印象を受けた。

パッと目を引くドレッドヘア、ド派手なサングラスとネックレス。
白い歯をのぞかせて笑う姿から、彼がまだ22歳の青年であることを思い出させる。

所属チームであるサンディエゴ・パドレスは彼を「野球界のレブロン・ジェームズになれる逸材」と評した。
バスケットボールの生ける伝説と比較されるその男は、レブロンと同じ背番号23を背負い、今日もサンディエゴのファンを魅了する。

彼の名は、フェルナンド・タティスJr.(ジュニア)。
今MLBで最もエキサイティングなプレイヤーの一人であり、これからのメジャーリーグを代表するであろう人物だ。

「彼が次にどんなプレーをするか、楽しみで仕方ないんだ」

そのプレースタイルを一言で表せば「ファンタスティック」。

積極果敢な走塁で、常人ならあり得ないタイミングで次の塁を落としにかかり、驚異的な身体能力を活かした大胆なフィールディングは、粗削りながらも観客を興奮の坩堝へといざなう。
かと思えば、豪快なスイングでボールを彼方まで飛ばすパワーも持ち合わせている。打球がスタンドに入るのを確信するとバットを宙に放り投げ、我が物顔でダイヤモンドを一周する。
不文律もお構いなし。古いしがらみをものともせず、まるで少年のように一つ一つのプレーを全力で行う。

観るものすべてを虜にする、華のあるスーパースター。
それがタティスJrだ。

MLBのスーパースターとしてよく知られる人物には、大谷翔平のチームメイトでもあるマイク・トラウトがいる。

トラウトのプレーは、いわば正確無比、機械のごとしだ。
全てのプレーを圧倒的な精度で、完璧に遂行する。
多くの観客が期待するプレーを、全くその通りにこなす。
10年にもわたってMLB最高のプレーヤーとして君臨し続け、史上最高の選手に彼の名を推す者も少なくない。

このままいけば、タティスJr.は間違いなくトラウトのいる領域に届きうる選手だろう。
だが、そのプレーは全くの異質だ。

彼のプレーは、想像を軽々と超えてくる。
ここ一番の場面で、観客の度肝を抜くプレーをやってのける。

「まさかその場面でそんなことを!?」
「次は一体、どんなプレーを見せてくれるんだろう?」
彼が打席に立つたび、ボールを持つたび、塁に出るたび、そう思わずにはいられない。

衝撃の超大型契約

今年の初め、タティスJr.はまたもファンの度肝を抜いた。
シーズン開幕前の2021年2月23日に、所属するパドレスとの間で14年総額3億4000万ドルの超大型契約を結んだ。
それまでの13年を抜いて、MLB史上最長の長期契約となった。

とまあ、ここまでだったら「すごいけど、度肝を抜くほどではないよね」で終わる話だろう。
この契約が全米のセンセーションをかっさらったのは、それがこれまでに前例がない類のものだったからだ。

MLBでは2000年代以降、選手と球団との契約の長期化・高額化の傾向が進んでいる。

2000年オフにアレックス・ロドリゲスが史上初の10年契約を結ぶと、翌年にはデレク・ジーターとトッド・ヘルトンがそれぞれ10年、11年の契約を締結。
これらを皮切りに、5年から7年、あるいはそれ以上の大型契約が相次いで結ばれるようになった。
契約年数の長期化が進むとともに契約金のインフレも進んでおり、2億ドル以上の超大型契約は、そのほとんどが2010年代以降に結ばれたものである。

下の図は、10年以上の大型契約を締結した主な野手と、その選手の契約締結時における通算成績を表した図だ。

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(データは全てbaseball-reference.comより引用)

見てお分かりのように、タティスJr.の通算成績は、他の大型契約を締結した選手と比べても、その数値が圧倒的に少ない。
2番目に低い値のスタントンと比較しても、打率と盗塁以外の成績は1/3ほどしかない。

これまで、特定の球団と大型契約を結ぶ選手は、契約の締結以前にすでに傑出した成績を何年も積み重ねている場合が殆どで、タティスJr.のように、たかだか百数試合しか出場していない選手が契約を結ぶケースはなかった。
加えて彼は2021年シーズン開始時点で、2019年に84試合、コロナウイルスの影響で短縮シーズンだった2020年は59試合に出場したのみ。
契約締結時点で、100試合以上に出場したシーズンが一度もなかったのだ。

数年~十数年にわたる大型契約は、上手くいけば主力選手を長期間にわたって在籍させられるメリットがあるが、一方で契約を結んだ選手が期待通りの成績を残せず「不良債権化」するケースが珍しくない。
先の表でも取り上げたアルバート・プホルスはその代表例だ。彼はセントルイス・カージナルス時代、ルーキーイヤーから10シーズン連続で打率3割・30本塁打・100打点を達成し「2000年代最強打者」の名をほしいままにした。
ところが、エンゼルスと2012年から10年契約を結ぶと成績は急降下、10年間で本塁打こそ222本放ったが、打率は.257、出塁率は.311と大きく成績を加工させた。

既にずば抜けた実績を有する選手ですら、期待通りに活躍するとは限らない。
いわんや1・2年活躍しただけの選手に10年以上の契約が与えられる可能性は極めて低い。
だからこそ、今回のタティスJr.の契約には注目が集まった。

いったい彼の何が、球団に3億4000万ドルもの大金を支払わせたのだろう?

タティスJr.が14年360億円を勝ち取ったワケ
①成績の傑出度

当該契約の異例さ、大型契約の懸念点に触れた上で、あえて言う。
フェルナンド・タティスJr.は、パドレスにとって先の契約を結ぶに足る選手だ。

下の図は、2012年以降にメジャーリーグデビューした選手の162試合(MLBの現在の1シーズンの全試合数)出場時点での成績だ。

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Avg:打率 OBP:出塁率 Slug:長打率
OPS:出塁率+長打率  そのバッターの打撃能力を示す。
8割以上なら一流、9割以上は超一流、10割以上はバケモノ。
HR:ホームラン数 SB:盗塁数

名だたるスーパープレイヤーが名を連ねる中、タティスJr.は全体3位のOPSを記録している(我らが大谷は9位)。
1位のホセ・アブレイユはもともとキューバリーグで実績を積んだ選手であり、亡命してMLBデビューを飾った時には既に27歳だった。
(2位のプイグは、いろいろとアレだし)

上のリストに名が載っている選手は、ほぼ全員が所属チームの中心選手として活躍している状況を鑑みると、今の段階であらかじめ長期契約を結び、チームの中心選手として戦力を計算させておく戦略は十分にアリだ。

タティスJr.が14年360億円を勝ち取ったワケ
②パドレスという球団

加えて、タティスJr.がこの段階で14年もの契約を結んだ経緯を理解するには、パドレスという球団が置かれている状況を把握しておく必要がある。

サンディエゴ・パドレスは、メジャーリーグの球団拡張施策の一環として、1969年に創設された。
ワールドシリーズには1984年と1998年の2回出場したが、1984年にはデトロイト・タイガース、1998年にはニューヨーク・ヤンキースにそれぞれ敗れており、2021年現在ワールドシリーズ優勝経験のない6チームのうちの1つである。
さらに近年はサンフランシスコ・ジャイアンツやロサンゼルス・ドジャースといった同地区のライバル球団が相次いで黄金時代を築き、2006年の地区優勝を最後に長きにわたり低空飛行を続けていた。

2014年からパドレスのGMに就任したA.J.プレラーは、長期の低迷を終わらせるべく大規模な補強を展開。
2014年から2015年にかけてジャスティン・アップトン(現エンゼルス)、マット・ケンプ、ウィル・マイヤーズ(現パドレス)、クレイグ・キンブレル(現カブス)、ジェームズ・シールズなどを相次いで獲得。
2018年にはロイヤルズから移籍した強打者エリック・ホズマーと8年1億4400万ドルの契約を結び、2019年にはマニー・マチャドと当時のFA選手最高額である10年3億ドルで契約を結んだ。
昨年のオフにはさらなる大規模な補強を施し、ダルビッシュ有、ブレイク・スネル、ジョー・マスグローブといった好投手を相次いで獲得、その他にも超積極的ともいえるトレードや補強を施し、急ピッチで戦力を拡充している。

その目的は、ナ・リーグ西地区におけるドジャースの天下を終わらせることだ。
ドジャースは2013年から9年連続で地区優勝を達成しており、昨年はワールドシリーズでタンパベイ・レイズを下し、1988年以来の悲願となるワールドチャンピオンに輝いている。

この圧倒的な強さを誇る同地区のライバルを倒し、ワールドシリーズを制覇する。
それこそが、プレラーGM率いるパドレスに与えられた至上命題なのだ。


パドレスは今でこそ積極的な補強を行っているが、長きにわたり資金源に乏しい「貧乏球団」であり、自前で育て上げた有望選手を他球団に売却することで資金を獲得する、若手育成を中心としたチームだった。

その所為もあってか、パドレスは球団史を通じて「チームの顔」と呼べる選手が極端に少ない。
すぐに名前が挙がるのは、「安打製造機」の異名で活躍したトニー・グウィンと、ナ・リーグ最高のクローザーを称える賞にその名が残るトレバー・ホフマンくらい。
強いて言えば、後はデーブ・ウィンフィールド、ジェイク・ピーヴィー、エイドリアン・ゴンザレスあたりか。

チームを長期低迷から脱却させ、チャンピオンベルトへと導くチームの柱。
長年のファンがずっと待ち望んできた、球団の顔となるスター。

サンディエゴの救世主として白羽の矢が立てられたのが、ドミニカ生まれの神童(エル・ニーニョ)だったのだ。

運命が変わった日

2016年6月4日。
サンディエゴ・パドレスに所属していたジェームズ・シールズと、シカゴ・ホワイトソックスに所属する2選手との間でトレードが実現した。
シールズは2007年から9年連続で200イニングを投げ2ケタ勝利を挙げるなど、「計算できる投手」として高い評価を得ていた。
対する交換相手は、片や16試合に登板しただけの若手投手。もう一人に至っては、プロの試合に1度も出場していない、17歳の少年だった。

このトレードは、サンディエゴ・パドレスにとっては「史上稀に見る成功」シカゴ・ホワイトソックスにとっては「球団史に残る愚行」と語り継がれるだろう。
もしこのトレードが実現されなかったら、その後のMLBの勢力図は大きく変わっていたことだろう。

ホワイトソックスに加入したシールズは大きく調子を落とし、3年間で16勝35敗という散々な成績を残したのち、2018年にユニフォームを脱いだ。
一方、パドレスにやってきた17歳の少年は、5年後に押しも押されもせぬスーパースターとして、空前絶後の大型契約を勝ち取るに至る。
その少年こそ、フェルナンド・タティスJr.その人だ。


「MLBで一番注目の選手は?」
そう問われた時、僕はフェルナンド・タティスJr.の名をきっと挙げるだろう。
だって、こんな選手、早々現れないぜ。



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