見出し画像

看護師の新人いじめ

看護師として採用されたところでは、いじめがひどかった、もうものすごく。

そもそも新人歓迎会で、現役生と他2人(40代前半の私を含む)のうち現役生以外の2人が「完全無視」される世界である。
存在しないかのごとく振舞われたのを見て、私は早々に「まずい世界に入ってしまった」と気がつくことになった。話を交換してくれたのは男性で、後にわかったのは医師であったということ。

たぶん現役生以外が最初から無視されたということは、少しでも年を取っていたらいらない、という部署からのメッセージでもあった。

患者さんに対して、最初はバイタルを取ることしかできないわけだが、言われるのは「遅い!」ばかり。そしてプリセプターという指導役の先輩は「あなたのせいで私まで遅れてしまう」と毎回怒鳴る。もちろん「すみません」と謝罪する。教えてくれる人はその怒ってばかりの先輩だけ。先輩が休みの日は他の人が適当につくだけ。もちろん全員無視は変わらない。

何か処置を習うときも「一度見学させてください」とお手本を見せてもらうのだが、解説するでもなく、最速の手際でやって見せて「次回はやってもらうから」と質問タイムもなしに言われる。もちろん次回も出来ない。予習復習していても理解できないのだから。そしてまた怒られる。この悪循環。

だんだん先輩は私の悪口を、他のナースはもちろんのこと、患者さんにも大声で吹き込むようになった。できない私をつけられて、どんなに辛いかというのをいろんな場所で吹き込んでいく。だんだんと病棟が針の筵のようになっていく。患者さんの目線が「あんたなんかにやってほしくない」といったものに変わっていく。先輩の口撃は効果抜群だった。

私といえば新人なので、患者さんの病名から、治療のことを推測し、勉強し、薬のことも頭に入れて。それを退勤後に深夜までずっと勉強するるものの間に合わない。担当患者は毎日半分くらいは変わっていく。そのたびごとにもちろん勉強。
ナースコールは新人が取れと怒鳴られる。もちろん担当じゃない患者のナースコールも取る羽目になり、その担当ナースに取次ぎをしに行くと、なおさら仕事は遅れる。イライラしながら待つ先輩。

ある日、1年先輩の人たちが交流を持とうということで夕食に誘ってくれた。その時の話にびっくりであった。
その内容は朝礼の時にあまりの緊張から、失神してしまったことが何度もあるが、適当に放っておかれたというもの。看護業界おそるべし。

数ヶ月で、だんだんと肉体的にも限界を感じ、頭のなかには熱い鉄の棒が刺さったようなオーバーヒートを起こすようになっていた。もちろんミスも増える。でもどうしたらいいか分からない。
新人の1年目で辞めるわけにはいかない、ひたすらそう思いかじりついていた。きちんと指導してもらえないから、ぜんぜん進歩しない技術。先輩が世間知らずのイカレタ人だと思っても、そこに選択権はない。逃げ場は全くない。

患者さんで助け船を出してくれた人もいた。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉を言ってくれた人がいた。
私はハッとしてうつむいていた眼を上げたが、でも先輩は私がけなされている言葉だと受け取ったようで、満足げに見下しているだけだった。ある意味、なにも効き目はなかったが。

そして、諸々が極限に達したころ、私がまた先輩に「あなたなら、やらかすでしょ!」と怒鳴られて初めてナースステーションで涙していた。そのとき新人歓迎会でわたしと会話してくれた医師がなぜか雑談を延々としてきた。一方的に、どうでもいい話を。私は涙を隠しながら、その医師の話に相槌を打っていた。多分それは彼なりの慰めであり、応援であったのだろう。
でもその応援空しく、私はこと切れたように部屋から出られなくなり、休職、退職へと進むことになる。
1年未満での退職は看護師にとってかなり痛いことで、皆、必死に抗うのだが、ハズレの病棟に当たってしまうと私と同じ目に合う。
ちなみに当時の当たりの病棟とハズレの病棟の割合を比較すると5:5である。半分の病棟はハズレ、いじめ確定。これ10年前のこと。私が5~6年という時間をかけて準備して学校に行って、やっと勤めた結果がこんなこと。無残な結果である。

その後は数年の療養を要し、良くなったころには看護師をやる気持ちが萎えてしまっていた。しっかりトラウマになっており、もうじゅうぶん。

教えてくれてないのに「教えたでしょ!」と怒鳴り、悪評を振りまきに行く先輩の声が今でも忘れられない。

そんな看護師の世界へ、新人さんようこそ。
無理な職場は早めに辞めたほうがいいですよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?