【町内会 顛末記】町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう 9 ~最終回
さて、町内会を殲滅したのちの廃墟は、2年半を経た現在、どうなっているのだろうか。ペンペン草くらいは生えてきたか、それとも不毛の荒れ地のままなのか。最後にそのあたりを、すこしだけ記しておきたい。
町内会を解散したわたしたちは「班を単位としたゆるやかなコミュニティ」へ移行した。班内で年ごとに回す「班長」の仕事は、市の広報誌やゴミ袋の配布、年3回の粗大ゴミの当番、お地蔵さんへの月一度の供花(交代制)、そして飾りつけと供花だけの最低限の形に縮小した盆の二日間の作業、だけである。
4つの班から選ばれる「会計」は通帳の管理、出納帳の記載、通帳の印鑑・倉庫と掲示板の鍵の管理が仕事といえば仕事だが、廃品回収も街灯の電気代も自動振り込み・引き落としにしているので、あとは花屋さんへお地蔵さんの供花代を一年間分まとめて払い、わずかだがお地蔵さんの賽銭を年度末に入金するくらいのものだ。
わたしたちの手を離れてから、変容してきたものもある。
回覧板は当初、廃止する予定だったのだが、最寄りの交番だよりだけが挟まれて回っている。掲示板も、もう使うこともないだろうと思っていたが、班長の一人が何もないのもさみしいからとわざわざ役所で掲示物をもらってきて貼っている。雨の日の資源ゴミのときに設置することになっていたブルーシートはいつの間にか無くなってしまった。班長さんのために作成しておいたマニュアルも、誰かが勝手に書き換えたり書き加えたりしている。必要なものはそもそも出納帳に使うノートくらいのものなのだが、会計が余計な文房具をあれこれと買い揃えていたりもした。
こんなこともあった。隣の班で班長になったAさんが娘に班長の仕事を代行してもらっていたのだが、その娘が急に入院してしまい、わたし一人じゃ出来ないと投げ出して急遽、次のBさんに回ったのだけれど引継ぎも何もしていないのでBさんはマニュアルも渡されないまま我流で乗り切り、次の班長になったCさんが何をどうしたらいいのかと困り果てて、わが家に相談に来た。
困ったCさんには心優しいわたしのつれあいが懇切丁寧に説明してマニュアルももういちど印刷して渡したけれど(じつは解散時に全員に配布している)、けれどそれ以上のことは、わたしはもう町内会長でも何でもないので、何も言わない。なるようにしかならない。
懸念していることは、いくつかある。
わが町内には公民館や共有の倉庫といったものはなくて、お地蔵さんに近いIさん宅の倉庫の一部をご厚意でお借りして、かつての町内のテントや地蔵盆の提灯などの備品がいまも置いてもらっている。これもどこかでは処分しなくてはならないだろう。
会計については町内会費がなくなり、行政からの補助費もなくなったので、収入は廃品回収業者からの振込み約16,000円(年間/最終年度例)とお地蔵さんのお賽銭2,000円(同)のみ。逆に経費は町内複数箇所の街灯電気代13,000円とお地蔵さんの花代18,000円である。赤字の13,000円は町内会費のこれまでの繰越金がたしか40~50万円ほどあったので、それで30~40年くらいはいけるんじゃないかという丼勘定だったのだが、最近は電気代も花代も上がってきている。お地蔵さんの供花を廃止する日もいつか来るかもしれない。
わたしが町内会長になってから、地元の銀行からゆうちょへ、そして名義も前自治会長本人であったのを「町内会名義」にして印鑑もつくり、法人にすると手続きがいろいろと面倒なので書類上はわたしの名義という変則で作成した通帳も、マネーロンダリング対策なので年々本人確認が厳しくなってきて、町内会を解散してからも「裏名義」のわたしのところへ毎年郵便局から確認の葉書がくるのだが、事実上は町内会も存在せず、口座開設の折に提出した会則も同じくで、将来的にはいまの形で通帳を維持することは難しいかも知れないと窓口で言われたりしている。
目下、旬の話題は野良猫問題である。隣の二班で複数の野良猫に餌をあげている長屋のAさんとBさんがいて、隣家のDさんが庭に猫のウンチが大量に発生し困っている、もうコミュニティも抜けたいと言っているという話がCさんから入ってきた。「それは二班のことだから、まずは班長さんに相談した方がいいんじゃないか」とわたしに言われたつれあいが二班の班長さん宅へ行ったところ、「もう町内会もなくなったことだし、関わりたくない」という返答だった。
「上からの押しつけの町内会は解散したけれど、近所づきあいがなくなったわけじゃないし、何かあったら班長を中心に連携して助け合うとコミュニティのルールにも謳っているのに、それはちょっと違うんじゃないか」と、わたしなどは当初はいきり立ったりしたのだけれど、案外とこれは猫問題以前の長らくの因縁もあったりして、それを知っている班長さんも深入りしたくないのではないか、とも思えてきた。といって放置するわけにもいかず、「可哀想な猫が増えるだけだ」という娘の声にも押されて、仕方がない、お節介な「元自治会長」の登場である。
AさんとBさんの言い分は「野良猫の問題は分かっているけど、よそから自転車で来て袋に入れたエサを置いていく人がいる。その破れた袋が散在しているから、それならいっそわたしたちでエサをあげよう、糞も目についたものは取るようにしよう、と」「(糞害で困っているという)Dさんにも、言ってくれたら糞を取りに行くと言ってるのに、あの人はもう何を言っても聞く耳を持たない。それに猫はあちこちにいるんだし、何でもかんでもわたしらがエサをあげているネコの仕業だと言われるのは不愉快だ」云々。じゃあ、避妊手術をして家で飼いますか?と訊くと、それはできない、と言う。
一方でDさんは、AさんやBさんたちから「猫が入ってこないように工夫をしたらいいんだ」と言われたとか言われなかったとかで、わたしが出て行ったときにはすでに班長さんに正式にコミュニティの脱退を申し入れていたのだけれど、それらの情報を第三者的に伝えてくれていたCさんも、じつは率先してエサをあげている当人だったりして(話の途中で白状した)、まあ、年季のいったばーさんたちはなかなか一筋縄ではいきませんわ。
結局、手分けをしてあちこちの愛護団体に当り、大阪のある団体が捕獲から去勢手術、健康状態のチェックまで、すべて無料でやってくれることになった。その代わり、保護や譲渡まではしてくれないので、あとは地域猫として飼うしかない。5台の捕獲器を駆使して1匹の母親猫と、4匹の子猫を捕獲して去勢手術などを施して夕方にはもどってきた。もう1匹いちばん用心深い母親猫がいるので、もういちど捕獲しに来てくれるという。
先日、県立図書館へ行ったところ、『大和の隣組 戦争を支えた地域組織』という企画展示をやっていた。1940(昭和15)年9月、国民の組織化を目的に内務省の「部落会、町内会等整備指導に関する訓令」によって設置された部落会(農村部)と町内会(都市部)はその後、経済統制を含めた上意下達の戦時協力体制に組み込まれていき、敗戦後はGHQ(占領軍)によって「部落会や町内会が日本の民主化を阻害している」として昭和22年に廃止を指示されたものの、さまざまな形で存続して現在の町内会へとつながってきた。
80年の歳月を経て根づいてきた町内会は結局、根絶やしにするのもさらに80年かかるのかも知れない、とも思う。町内会が解散して、タガが外れたように悪しき因襲が休火山のマグマのようにぷすぷすと漏れ出し始めているのが、現在のわが町内なのかも知れない。硫黄のために草木も枯れて、いまだペンペン草すらも生えてこない。しかしそんな廃墟にあっても、人びとの生活は続いていくし、近所づきあいも継続していく。小さなもめごともあれば、助け合いもある。
町内会を解散して残念に思うのは「交渉権」を失ったということだろうか。
たとえば前述した業者による廃品回収については「廃品回収報償金」といった名目で市から補助金をもらえるのだが、町内会でないわたしたちは受け取ることができない。それと同じように、町内会を単位として行政へ補助金を申請したり、物申したり、前述の野良猫問題のように町内のトラブルに対しても町内会という単位で動いて対処できる、その権利を手離してしまったという思いである。ただ、みんなで選択した結論だから致し方ない。
近くの町内ではいちど町内会を解散していたのだが、田圃だったところに戸建て住宅がどんどん建ち始め、若い世代のファミリーが増えて「町内会をつくろう」という声があがり、もういちど町内会を立ち上げたところもある。あたらしい価値観を持ったあたらしい世代との入れ替わりは、自治組織のひとつの希望かも知れない。なかったものを立ち上げようというのだから、率先して協力する住民も多くいるのだろう。
それでも町内会の住民の意識だけでなく、やはり町内会をとりまく社寺仏閣、社会福祉協議会や消防団、自治防災連合などといったものの変革も必要不可欠だ。この稿でなんども書いていることだが、これまでの行政などの体の良い末端組織的な上意下達ではなく、町内会がいまどんな状況に瀕していて何を必要としているのか、行政側は万年自治会長の古狸だけでない多くの声に耳を傾けるべきだと思う。そして同時に声を上げる側もこれまでのぶらさがりだけでない、真の主体性をとり戻さなければいけない。
そのときにはじめて、廃墟のなかから真の自治組織が立ち上がるだろう。
第一部 【町内会 顛末記】自治会長というのをやってみた
第二部 【町内会 顛末記】町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう
これにて完結。
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