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怪人が問うテレポートの行く先は あくまのゴート「品川シーサイド」について

はじめに

 こんにちは。毎月記事を書きたいと意気込んでおきながら、結局前回の記事から三か月が経過した筆者です。誰もお待たせする人がいないのが救いです。さて、Vの音楽記事の第5回目のテーマは、あくまのゴートさんでございます。

 ゴートさんの曲や配信をちゃんと見聞きするようになったのは比較的最近で、ちょうどぼっちぼろまるさんと一緒にやっている企画「あくま・ぼっちのRootsをDigるRadio」の第0回あたりでした。この配信は、毎度異なるゲストのルーツとなった音楽を一緒に聞き、その人の嗜好やそこから受けた影響を語るというもの。第0回は特別編としてパーソナリティお二人のルーツを辿っていたのですが、その企画のコンセプトと内容が非常に面白く、お二人の音楽に強く興味を持つようになったのを覚えています。音楽好きには刺さる配信だと思うので皆さんぜひ見てみてください。

 今回も今までと同様、彼のオリジナル曲について自分なりの感想や解釈を書いていこうと思います。いつもはサウンド面に注目した文章を書いてきましたが、今回は歌詞についても多く触れていこうかと思います。最初は2〜3曲取り上げたいなと思っていたのですが、思ったよりも長くなってしまったため、今回は代表曲「品川シーサイド」のみについて書いていきます。歌詞について書くのは初めてなので、どうか大目に見ていただければと思います。

楽曲について

 ホロライブの白上フブキさんが取り上げたことでも有名になった「品川シーサイド」。僕が彼のことを初めて知ったのもこの曲がきっかけだったような記憶があります。品川シーサイド駅まさかのエアプだったことが発覚して、物議を醸したり醸さなかったりなんてこともありましたが、ドビュッシーが海の見えない地で交響詩「海」を書いていたり、ジョニ・ミッチェルも出演していないのに「Woodstock」という曲を書いていたりするので、かえって想像力を働かせてくれるのかもしれません。

 冒頭、電車が駅に到着しようとする音のあと、重厚なバンドサウンドとともにタイトル「品川シーサイド」が歌われます。都会的な景色から突如、水平線まで見渡せる海の景色に移ったような、爽快な出だしです。音声的に見ると、「品川シーサイド」のアクセントは「ながわイド」と全てサ行の言葉についており、サ行の持つスピード感があり爽やかな印象が曲調に非常にマッチしています。

私は傷つける あなたを傷つける
私は沈み込む 琥珀色とロックグラスの底
キラキラと光る水面
東京息を飲む 新橋汽車に乗る
新宿泣いている 池袋ゴミ箱の底
横浜の観覧車から こんばんは

 冒頭を抜けると、八分音符のカッティングと付点のリズムを基調としたギターのフレーズがポリリズミックに絡み合い、スピード感を保ったまま曲が進みます。2回目のAメロではボーカルが1オクターブ上がるとともにドラムとシンセが入ってきますが、ボーカルの音域と楽器の音域とを上手く配置しているような印象です。

 歌詞では、「私」と「あなた」という2人の人物が登場し、「怪人」を除き最後まで他の人物は登場しません。そういう点から、極めて個人的な内容が歌われているのだと推測できます。「私」が「あなた」を傷つけてしまうような出来事があり、そのことを忘れるようにロックグラスに注がれた琥珀色の酒、おそらくウィスキーに溺れます。冒頭の描写は現実的ですが、この後から「私」は酒に酔って眠り夢でも見ているのか、距離を無視してさまざまな場所にアクセスする様になります。

次は 次は 次は Oshiage
次は 次は Chitose-karasuyama
次は 次は 次は Gotanda
目覚めたら Otsuki

 Bメロは電車のアナウンスを模して、路線もバラバラな駅名が挙げられていきます。音程の変化が少なく淡々としたメロディですが、その分リズミカルなフレーズとベースのクールな動きが目立ちます。「私」は中央線の終点大月駅でようやく我に帰り、そのままサビへと流れ込みます。

品川シーサイド 天王洲アイルで君を待つ
品川シーサイド 君は八王子を通過する
品川シーサイド 天王洲アイルで僕は1人
品川シーサイド このままじゃ東京テレポート

 サビの舞台はりんかい線、品川シーサイドという駅名が繰り返し歌われ、「僕(冒頭の私)」と「君(冒頭のあなた)」のすれ違う様を描きます。りんかい線において、天王洲アイルの前の駅は品川シーサイドで、次の駅が東京テレポート。天王洲アイルにいる「僕」は、品川シーサイドに着いた電車に「君」が乗っていると信じていますが、「君」は既に遠く八王子を通過しています。もし「君」がいなければ、電車はただ東京テレポート駅まで向かうだけです。東京テレポートは駅名でありつつ、「僕」が歌詞中でさまざまな場所にテレポートする様ともリンクしています。

| GM7  | Asus7  | D   | Bm7  | GM7  | F♯7 (/A♯) | Bm7  | D   |
| GM7  | Asus7  | D   | Bm7  | GM7  | F♯7 (/A♯) | Bm7  | C   ||

 サビのコード進行は多分こんな感じかと。細かい部分は間違っている可能性大なので大目に見てください。王道のサブドミナント始まりで、2回目と4回目の「品川シーサイド」の部分では、エモいと言えばのⅢ7も入っており、非常にポップな進行です。特筆すべきはサビ終わりのモーダルインターチェンジで、キーがDmajorの中でCコードを鳴らしています。♭Ⅶはよく使われるノンダイアトニックコードで、いろいろと解釈はありますが、今回の場合はメロディにF♯の音があるのでDミクソリディアンからの借用和音と見ていいでしょう。この曲の中でこのような大胆で浮遊感のあるコードが使われている部分は他に無く、「このままじゃ東京テレポート」という歌詞の通り、別のモード(旋法)に瞬間的にテレポートしており、「僕」の不安定な心の動きとマッチしています。

アンカラ風に乗る ロンドン橋落ちる
香港さようなら ケープタウンまた今度ね
パリジャンはせかせか働くよ
消火活動
次は 次は 次は Toronto
次は 次は Buenos Aires
次は 次は 次は Boston
目覚めたら St.Petersburg

 2番はスケールが世界の都市に拡大し、1番よりもメロディの音域が広くなり伸びやかな声で歌われています。夢の中で世界を縦横無尽に駆け巡りますが、途中の「消火活動」という言葉が意味深です。「僕」と「あなた」の間に燻っている火を消そうとしていることの隠喩なのだろうかとは考えましたが、他にも解釈が出来そうです。目覚めた場所はもはやロシアのサンクトペテルブルクと、よりリアリティの無いところへと移ります。

品川シーサイド 天王洲アイルで待ちぼうけ
品川シーサイド 君は成層圏突破する
品川シーサイド 三叉路で踊る怪人が問う
品川シーサイド いかがです東京テレポート

 2サビで相変わらず「君」を待つ「僕」。その2人の距離はますます離れていきます。三叉路は「僕」の進む道が二手に分かれていることを示しており、その前には怪人が踊っており、東京テレポートを勧めます。ここの解釈もさまざまにありそうですが、三叉路が示すのは「君」を追うか諦めるかの二択で、怪人が勧めるテレポートは言うなればチートで、そもそも「僕」を悩ませているその三叉路から逃げてしまうことなのだろうかと自分は考えました。

次は 次は 次は Denebola
次は 次は Suhail Muhlif
次は 次は 次は Regulus
目覚めたら Kaus Australis

 2サビのあとは、最近のポップスではめっきり聴かれなくなったようなエモーショナルでメロディックなギターソロが奏でられます。技巧的なパッセージは少なく、息の長いスケールの大きなソロは、MVと相まってテレポーテーションを思わせます。実際、その後の歌詞では宇宙の星々の名前を連ねており、舞台がもはや宇宙へと移っています。Bメロに戻ってくるときのギターのメロディが見事で、ポリリズムの下降する3拍フレーズでトリップ感を出し、そのまま次の歌いだしへとスムーズに接続するメロディになっています。

品川シーサイド 天王洲アイルで肩落とす
品川シーサイド 君は手の届かぬところまで
品川シーサイド 三叉路で踊る怪人が問う
品川シーサイド いかがです東京テレポート

 天王洲アイルでいくら待てども「君」は現れず、途方に暮れる「僕」。「君」はもはや手の届かぬところまで行ってしまいます。そんな中再び怪人が「僕」にテレポートを問う。果たして「僕」はどんな行動を選ぶのでしょうか。

次は 次は 次は原磯

 突然打ち切られるように終わるこの曲。「原磯」という架空の駅名の響きが頭に残ります。この駅名が何を指しているのかですが、Twitterやコメント欄で見た、クリスチャンの用語で「天国・楽園」を意味する「Paraiso(パライソ)」説は納得のいくものがあります。そうだとすれば、「僕」は怪人の甘言に乗り、テレポート(逃避)という選択肢を選んだと取れます。

 もう一つ自分が思ったのは、宇都宮線終点の駅である「黒磯」から取っている説(そもそも最初に聞いたときに、黒磯駅のことだと勘違いしていた)。かなりのこじつけですが、酔っ払って眠った「僕」が終点まで運ばれてしまったことを示しているのではないかと考えました。そうすると、1番のBメロで中央線の終点大月駅が出ていることも少し繋がるのではないでしょうか。

まとめ

 ここまで楽曲のサウンドと歌詞の意味について語ってきましたが、まだ一つ触れていない内容があります。それは歌詞内での「僕」の行動の時系列です。天王洲アイルにて「君」を待ち続ける「僕」と、酒に溺れて世界中・銀河中を飛び回る「僕」。もし歌詞中で起こることの順序が、曲の進み方と違うとすれば、一つの解釈が浮かび上がります。

 「まず『僕』が『君』を傷付けてしまう出来事があった。それでもやはりもう一度君に会おうと『僕』は天王洲アイルで『君』を待つが、『君』が現れることはなく、『僕』は落胆し、怪人の甘言に心を許して苦しみから逃れようと酒に沈む(二人の関係は『私』と『あなた』という距離のあるものに変わっている)。そうして僕は夢の中で世界を飛び回るが、夢から覚めるとそこは終点の地。その終点は果たして彼にとっての楽園なのだろうか。」

 本人が語感重視で書いたとあるので、そもそも整合性のあるストーリーにしようとするのが間違っているのかもしれませんが、こういう解釈をしました。爽やかなロックサウンドに反して、何とも切ない内容。しかしそれが、他の曲にも共通してあるあくまのゴートさんの魅力でもあります。それらの曲についても書きたかったのですが、一曲だけで既に4,000字を超えているのでまたの機会にしたいと思います。

 クリエイティブな人材が多くいる個人勢の中でも、ひときわ個性的な楽曲を提供し続けているあくまのゴートさん。次の曲には、どのような形で彼の心の中に潜む悪魔が宿るのか。非常に楽しみなVTuberの一人であります。

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