見出し画像

白イクラのペースト&サルマーレ(ルーマニア料理)

銀座4丁目の交差点から新橋駅側に歩いて行ったところ、中央通に面した一等地に DARIE というルーマニア料理店があった。

なんでもある日本でもルーマニア料理店はほとんどない。
実は大阪電通のすぐ横にも30年前ぐらいまではあったのだが、そこのママが旧社会主義ルーマニアに対するレジスタンス戦士でもあったので、ルーマニアの民主化が進みチャウシェスク大統領が処刑されたのを機に本国に帰ってしまった。このママがやたらと色っぽい人で、なぜか気に入られていた私は、店に行くたびにいつも密着接客をされた上に帰り際にはブチューと唇にキスされるのだった。

さて銀座の DARIE は珍しいだけではなく、本当においしいルーマニア料理を供していた。日本料理の本場が京都であるように、ルーマニア料理の本場は首都のブカレストではなく古都ティミショアラらしい。そのティミショアラの一流ホテルのシェフを東京に引き抜いてきたということで、伝統料理ではあるが泥臭さのない洗練された料理が出されていた。

東京出張時にはほぼ必ずと言っていいほどに DARIE を訪れた。
あの 3.11 のときも、たまたま東京出張で品川駅にいたときに大地震が発生。
すべての交通機関がストップしている中、とりあえず東京駅に行けば神戸に戻れるだろうと国道15号線を北に向かって歩き始めた。

途中から道路は完全に停滞。人も歩道から車道に溢れ出て来ていた。情報が少ない中、事の重大さに気づいている人は少ないらしく、沿道の店舗もふつうに営業しているところが多かった。

新橋まで来たが、そこから先の道はもう人が溢れかえっており、電車も当分動き出す気配もない。ここから先の戦いを考えると腹が減っては戦ができない。そこで思いついたのが銀座の DARIE。新橋からだと歩いてすぐ。余震は続いていたが、幸い通常通りに営業していた。

とはいえ、年季の入ったビルの地下、この非常時にそんなところで食事しようと思う人はいないのか、いつもは予約がなければ入れない店も、その夜の客は私とロシア人のカップルの2人の合計3名だけだった。

余震に怯えつつも、ルーマニアの白キャビア、ナマズの天板焼きニンニクスープ煮 (大地震のときにナマズを食べようというのも我ながら趣味悪いが、本当においしい)、サルマーレというルーマニア風ロールキャベツ、パパナッシュというドーナツのシロップ漬け生クリーム添えを2時間を掛けてゆっくりと楽しんだ。他の記憶はおぼろげなのに食べ物に関する記憶はいつまでも鮮明である。

ルーマニア2

さて、そのルーマニアの白キャビア (冒頭の写真) の話だが、これが好きで毎回注文していた。薄い桃色をしたペースト状のもので、何かの魚卵を生クリームと合わせたものだと思う。何の魚卵かだが、味からしてタラコではないようなのだ。店の人にも聞いてみたが、言いたくないのかいまいち要領を得ない。

スウェーデンにもよく似た Kalles Caviar というチューブがあって色が似ている。これはタラコが主原料のようだが、ちょっとスモーキーな感じがする。昔は神戸グローサーでも手に入ったが、今は原材料の関係で輸入できなくなってしまったらしい。

家で何度も生タラコとサワークリームやヨーグルト混ぜて試行錯誤してみたが (それはそれで美味しいけれど) やはり DARIE の味にはならなかった。魚卵の主がきっと違うのだ。ルーマニアという土地柄を考えるときっと淡水魚由来なのだと思っていた。

最近なんとはなくロシア製の「パーチの卵」の缶詰をネット購入した。釣りをしないのでよく知らないが、パーチいう淡水魚がヨーロッパからシベリアに至るまでの広範囲に生息しているらしい。

ヒュッゲ1

通訳を引退して東京出張がぱったりとなくなった頃、DARIE も銀座一等地の店を閉めて表参道に移ってしまった。(2020年時点の情報では北青山で再開しているようだ。)

5年前に写真で受賞して上京した時に、表参道の DARIE に行ってみようと下調べしてみると、なんと表参道の店もすでに営業をやめた後だった。中野坂上にもう1軒大使館御用達だという別の店があると知ったので、表彰式のあった国会議事堂前から丸の内線で直接、電話もせずに行ってみたらその「レストラン・ルーマニア」というベタな名前の店はその日に限って早仕舞いした直後だった。

中を少し覗きこんでいると、なんだかちょっと艶かしい感じのルーマニア人の女性(もしかしてルーマニア人女性のデフォルトはお色気ムンムンなのか?) が出てきて「あらぁ、料理もうないけど、ちょっとお酒だけいっしょに飲んでいきますぅ?」と言われたが、赤いランプが怪しげに光るバーカウンターをちらっと見て、いや、料理ないならいいですと断った。3月なのに異常に寒い日で、広い青梅街道を抜けるが身を刺すように寒く、コートを持ってきてなかったのを後悔した。

いま、日本でルーマニア料理を食べられるのは名古屋に1軒と東京に2軒しかない。だから食べたくなれば作るしかない。

ルーマニア4

*白イクラ (Salata de icre cu gris) ですが、後に YouTube で検索したところ、ルーマニア語で字幕なかったなのでよくわからないながら、塩漬け魚卵(たとえば数の子や鯉の卵(!))、オイル、パン、スパークリングウォーター、レモン汁などをミキサーでひたすらかき混ぜて作るようでした。自分が想像していたものとはかなり違ってました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?