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13年という月日

2024年3月11日

私は今、この記事を東京で書いています。
拙くても、まとまらなくても、私は今年の思いを記します。

鵜住居のスタジアム。
完成前から見れていたのはなかなかレア

東北を想う理由

私は、大学2年生の時に震災ボランティアを始めた。
その時は震災から4年目か5年目の時期だった。
「がれき撤去をするわけでもないのに、なんのボランティア?」
まわりの友達に言われたことだ。
私も自分になにができるのか、わかっていなかった。

実際に東北に着いて、私は本当に驚いた。
震災から何年という月日が経った場所とは思えなかった。
整備されきっていない道路、
仮設住宅の集合地域、
更地から進まないエリア、
壊れたままの小学校。

これは同じ日本なのだろうか
これだけ大きな被害のあった震災だと初めて知った。

街並みを歩く、当時の映像を見る。
言葉を失った。

「わたしにできることはなんだろう?」
そう思い始めたことが、わたしのきっかけだ。

東北から学んだこと

実際に行ったボランティア業務としては、
・こどもたちの居場所づくり
・現地のお祭りの運営スタッフ補助
この2点が大きな作業だ。

どちらも私にとって大きなきっかけになった。
「私はみんなの居場所を作りたいんだ」
そう思い、大学に戻ってからの専攻を見直した。
卒業時の論文も震災ボランティアについて書いた。

そしてもう一つ、防災の大切さを知った。
日本は地震が多い。そして自然災害が多い。
地球に住んでいる限り、どの国も避けては通れないものでもある
『共存』という言葉があっているのか、わからないけど
共に生きていくしかない。
そのためには、自分の身を守ることが大切。
より防災教育の普及が大切だと思う。

これからを生きる

これからを生きていく、
生を受けるものとして、過去の在り方から学ぶ
そして未来に生かす

そのために、
私は、私たちはなにができるだろう?

今日を、明日を、来週を、1ヵ月をどう生きていこう。
日々を向き合い、守りながら先に進むことを忘れない。

海は恵みをもたらし
ときには奪う。
いつか必ず起こる津波から
未来の命を守るために
私たちは,この記憶を
忘れてはならない。


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