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悩みはいつか全て解消出来るのか?

「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである。」
こう言ったのはアドラー。

この世界から対人関係がなくなってしまえば、それこそ宇宙のなかにただひとりで、他者がいなくなってしまえば、あらゆる悩みも消え去ってしまうでしょう。
(『嫌われる勇気』より)

これは果たして本当なのか?


人間の進化の大半を占める旧石器時代、人は150人を上限とする集団で暮らしていた。
人間は一人では極めて脆弱なのでこの150人の共同体から排除されることは即『死』を意味していた。
集団で行動する分には人は大きな力を発揮するが、
一人では生きていけない、それが私達人間である。

150人という数字には意味がある。
人間は脳の大きさから安定した関係を築けるのは平均150人で
集団の中でこれ以上人が増えてしまうと、
その人がどういう人であるのか?
家族構成や人となりが曖昧になり集団として管理するのが難しく、
厳しい法律やルールが必要になるという。(ダンバー数の法則)

私達の持つ『利己的な遺伝子』は
生存と生殖を最優先に人間を進化させたとされている。

150人の中から排除されてしまっては生存できず
150人の中で目立って異性を獲得できなければ生殖できない。

人は150人の共同体の中でステータス争いをし、
このような環境の中で人は徹底的に社会的に進化していった。

この進化の遺伝子は
現代の私達の考えや行動に大きな影響を与え続けている。
現代の私達は仲間外れにされたとしても、すぐさま肉食獣の餌食になってしまうような環境に暮らしているわけではない。
仲間外れ=死
ではなくなった現代でも集団から排除されることは『死』と同じ恐怖を脳は感じるのだ。

いじめられた子供が時に『死』を選んでしまうのは
いじめられ続ければずっと『死』の恐怖を感じ続けなくてはならないから。
『死』の恐怖を感じ続けるのはあまりにも苦痛なので
その恐怖を終わらせるために『死』を選んでしまうのだろう。
生存するために進化した遺伝子が逆に私達を『死』に追いやってしまうとは本末転倒だが、
旧石器時代の脳をもって私達は現代に生きているのだ。

旧石器時代、人間を一番殺していたのは人間だった。
もう一つの遺伝子の目的は生殖、
つまり自分の遺伝子を残すことだ。
だが、必要以上に集団の中で目立って異性を獲得しようとすれば
他の者たちに目を付けられて駆逐される。
では目立たぬように息をひそめていれば良いのか?というと
それでは自分の遺伝子を残せなくなってしまう。

ではどうしたのか?

他人の悪い噂を広めれば
集団内でライバルは炎上し場合によっては命を落とすを。
自分は無傷でライバルを蹴落とすことが出来る。
ただ、自分以外も同じことを考えているので
「自分についての噂を気にしつつ、他人についての噂を流す」
ようになったのだという。
こうして人間は自分以外の人間とどうコミュニケーションを取れば生き残れ、子孫を残せるのかを戦略的に遺伝子に組み込んでいった。

私達はその遺伝子を持つ末裔なのだ。


さて、ここで冒頭のアドラーの発言を思い出してみよう。

「人の悩みはすべて対人関係の悩みである。」
もし他者がこの宇宙に一人もいなければ
他人が自分についてどう思っているのかを気にしなくていいのだから。
悪い噂を気にして集団から駆逐されてしまう心配をしなくて済む。

これはある意味では正しい。

だが、人間は徹底的に社会的に進化したため
一人で生きて行くことが出来なくなった。
一人になるということは=『死』
であるがゆえに
宇宙のなかにただひとりで、他者がいなくなってしまったとしたら・・・。

たった一人では恐らく私達は気が狂って死んでしまう。
人間の脳は他者がいることを前提に進化したのだから。


他者がいない、対人関係の悩みがない世界で生きる事が出来ない私たち人間は、
他者が自分についてどう思っているのかを気にしながら生きて行くしかない。
この関係はトレードオフでどちらかを選べばどちらかを捨てるしかない。
(他者がいない世界など実現しないのでどうしたってこちらは選べないのだが。)


旧石器時代に人間は対人関係において
以下の設定を脳にデフォルトとして備える事となった。

1 一人で生きると考えることは『死』と同じ恐怖
2 仲間外れにされることは『死』と同じ恐怖
3 自分が他人にどう思われているかを常に気にしなければならない(自分の悪い評判は『死』に直結するから)
4 他人の不祥事は集団の中の自分のステータスが上がるので報酬(集団の中で自分が殺される確率が下がるから)
5 他人が自分より優れていることは自分のステータスが下がるので損失(使えない自分は集団から外される=『死』の確率が上がるから)
6 自分が優秀な場合はそれを隠す(駆逐され死なないために)
7 自分が無能は場合は自分を過大評価する(排除されて死なないために)

意識しようとしまいとこれらがデフォルトとして人間の脳に備わっているなら、
いじめ被害者の自殺も
SNSで有名人の不祥事の炎上も
他人からのマウントも
そして、なぜか常に
「自分はどう思われているのだろうか?」
と思い悩んでしまうことも
人間だから仕方がないのだと言える。
何故ならこれらはすべて、旧石器時代に遺伝子の中に組み込まれた『死』への恐怖からくるものに他ならないから。

更に言うならば
人見知りやコミュ障、
あがり症、人間不信、引きこもり、
インスタでキラキラな私生活を投稿するのも
Facebookで自分の成功を自慢するのも
陰謀論を信じてしまうのも
高齢者が老害と言われてしまうような行動をするのも
突き詰めて考えれば脳のデフォルトである『死』への恐怖から逃れたいからである。

いじめは前述したように『死』の恐怖に脳が晒され続ける。
有名人のゴシップは自分以外の他人のステータスを下げるものだ。
少しでも自分のステータスを上げたいから他人にマウントを取って自分は重要な人物だと思いたい。

自分に自信が無ければ、まだ信用に足る人物かどうか分からない見知らぬ他人にそれを知られないように人見知りになるだろう。
コミュ障、あがり症、人間不信や引きこもりも根は同じ。
自分の無能を知られたくないからだし。
キラキラ投稿や成功自慢は自分のステータスを上げるため。
陰謀論を信じる事は世の中の秘密を自分は知っているという優越感、ステータスを上げるということ。
高齢者は自分が社会から疎外されている、または疎外されていくのではないかという恐怖を抱えているので相手より優位に立とうと必死だ。


だが、私達は旧石器時代に生きているわけではない。
宇宙の中でたった一人で生きて行くことは出来ないかもしれないが
今所属している集団を抜けて一人になっても
『死』が待っているわけではない。
『死』の恐怖に怯えながら今の集団にしがみつく理由は何もない。

これを理解して意識していくことで
「生きていける」という実感を得ることが出来るだろう。
ただ、意識をしっかり持たないと
デフォルトの設定にすぐに戻ってしまう厄介な脳を私たちは抱えて生きているのだ。


ちなみに私はある時期から大勢の人の前で話すことがとても苦手になった。
多くの人の顔が一斉にこちらに向く状況になると
声が震えて上手く話せなくなるのだ。
どうしてこうなったのかを考えると、やはりどう考えても
『死』の恐怖に思い至る。

私は自分に自信が無い。
自分が他人に好かれる自信が無い。
他人から徹底的に嫌われる経験をしたことがある。
今度会ったら殺してやる
と言われそれ以来、人間不信になってしまった。

恐らく、
その時の恐怖が脳のデフォルト部分を強化してしまったようで
大勢の前に出ると声が震えてしまう。
声が震えている、と自分でも分かるので
次に同じ場面があるとまた声が震えるんじゃないか?
と怯えてしまい、同じように声が震えてしまう。

最近、その原因が『死』の恐怖ではないかと思い当たり
同じような場面で
「大丈夫、私は死なない」
と事前に何度も頭の中で唱えてみた。
そうしたらその日は声が震えなかった。

私はもう結構ないい歳なので
いつ死んでもいいと普段の意識の上では思っているのだが
無意識下のデフォルトの脳は『死』をとても恐れていることを知った。


人はそれぞれ集団の中で生き残ろうと自分にできるあらゆる努力をする。

ことあるごとに差し入れやお土産を持ってくるし。
上司に気に入られようとする。
ママ友の輪から外れないように必死に周りに合わせる。
自分がいじめの対象にならないように見て見ぬふりをする。
詰まんない奴と思われないように話題を提供するし。
他人の詰まんない話に必死に笑顔で相槌を打つ。
行きたくもない会合に顔を出す。
ここを追い出されたら行くところがないと思いブラック企業にしがみつく。

集団から外れたら『死』という脳のデフォルトの恐怖があるから
時に正常な判断が出来なくなってしまう。


脳にはそもそも
仲間外れにされて自分のステータスが低くなると『死』に繋がるという設定のデフォルトがあると知っておけば
追い詰められた時に別の選択が可能になるかもしれない。

「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである。」
そうだとしてもそれは人間ならすべての人が抱える悩みで
全ての人がデフォルトで持っている恐怖から来ているのなら
それを全て解決するなど不可能で
私たちはそれを抱えて生きて行くしかない。

デフォルト設定を抱えながら、
その痛みを覚悟した人が幸せな人生を歩めるのかもしれない。



参考文献:
「バカと無知」橘玲著
「スピリチュアルズ」橘玲著
「嫌われる勇気」岸見一郎、古賀史健


バカと無知 (新潮新書) https://amzn.asia/d/4S7PgTm


スピリチュアルズ 「わたし」の謎 (幻冬舎文庫) https://amzn.asia/d/4klc5UL


嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え https://amzn.asia/d/cmHKyxN





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