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綱渡りのエチケット

 コロナでほぼ2年、われわれの未来は一体どこへ向かっているのだろう。米国に来て30年近くが経過するが、このような未曾有のパンデミックはもちろん初めてのことだ。そんな折、29年前に出会った古いイタリア人の友人から連絡があった。「今度ランチでもどう?」。最後に会ったのは5年半も遡る。

 彼とは会う時は決まってダイナーでハンバーガーとコーヒーを注文していたが、今回も当時を懐かしむように同じものを頼んだ。白髪がなじんでいる友を眺めながら、ハンバーガーと一緒に懐かしさもかみしめる。

 それから5日。僕は60人近くの来客を迎える屋内イベントの仕事をした。陽気に歓談する人々に目を細め、来年への明るい兆しに心を躍らせた。イベント後、充実した1日から生まれる疲労感に浸りながら、里帰りしているはずの友人からのボイスメッセージを聞く。「実は出国前のPCR検査で陽性が出たんだ。でも僕は無症状で至って元気だし、同居しているガールフレンドは陰性だったし、大騒ぎする必要もないのだけど、知らせておこうと思ってね。Have a happy holiday!」

 留守電を聞き終えた僕は冷静を装いながらも、顔から血の気が引くのが分かった。不安と疲労が一気に僕を襲う。コロナ感染者と濃厚接触した。でも、焦っても仕方がない。この5日、僕には何の症状が出ていない。もしや無症状病原体保有者!? いてもたってもいられないものの、疲れはピークに達し、とにかく家に帰って睡眠で思考回路を麻痺させた。

  翌朝、急いで病院へ駆け込み検査をしたら結果は陰性。ホッと胸をなで下ろす。今回の経験で不特定多数の人と接触する場合は、PCR検査を受けておくべきだし、それが現代のエチケットだと痛感した。しかしだ。イベント当日直前に検査を受けて陽性だったら、当然、仕事はキャンセルし、クライアントに多大な迷惑を掛けてしまう。だからといって、検査を怠ることは今の時代、人としてのマナー違反になる。これから僕たちは、このようなドキドキの綱渡りのエチケットを守っていかねばいけないのだろうか。21年も間もなく幕を閉じる。【河野 洋】

羅府新報(Vol.33,836/2021年12月21日号)『磁針』にて掲載

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