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映画『海を飛ぶ夢』(わたしをめぐる旅6)

私、この肉体を要らないって思ってるのか。

二十歳のころ、この映画を観てから
「わたしの身体を役立たせてください」
と、長いこと祈っていた。

https://filmarks.com/movies/33556


身体があるから移動があるし、飛行機のチケットもとらないといけないし、習いごとも「お休みします」の連絡をしないといけないし、荷造りだって要る。
身体があるから疲労も不調も痛みもある。
こんな苦しいことはない。
この身体なんて要らない。だったらせめて誰かの役に立てなくては。

そう、思っていた。



ホルモンの波に伴って感覚が閉じてゆくのを実感するのも、肉体の為せる技だ。
生理からだいたい二週間で、声が自分の身体の外ではなく、なかで反響するようになる。声がくぐもって聞こえ、座っていても身体全体が下に下に引っ張られてゆく。朝顔が太陽の動きに呼応するように、自分の身体と外を繋ぐパイプが静かに閉まる。

肉体にも感情にも波があることが私は許せなかった。
己の波に私自身がついていかなかった。
怒りや哀しみを説明しようとすれば言葉は口を出なくなり、自分と外が扉一枚隔てたような感覚に陥った。
だからつねにフラットでいたかった。
肉体をもてばその願いは叶わない。
他人の体温や感情を感じられるのも肉体ありきだが、
自分の波につき合うしんどさは、いまだに肉体の恩恵を凌駕している。


note ID、じつはこの映画の原題を拝借した。
そのぐらい、この映画は尾を引いた。
映画の主人公ラモン・サンペドロ(Ramon Sampedro)は実在の人物だ。
原題は"Mar  Adentro" -日本語で「内なる海」。
身体をもって生まれてきた自分を赦せるのは、内なる海に抗うことを止めたときなのだろう。

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