写真家ソール・ライター/Saul LEITER
ソール・ライターを知ったのは写真ではなく、亡くなった年に公開されたドキュメンタリーだった。雨粒に魅了されデジタルカメラをもって日々散歩をする彼は、とても穏やかに映った。わたしが今まで邪魔だと思っていた窓ガラスや窓枠越しは、彼には街並みや雪の欠片を花火や花弁に変える魅惑のファインダーだったのだ。
映画で、自宅でカラー・スライドに埋もれているライターが、マーギット・アーブ(ソール・ライター財団代表)に「もっとはやく君が現れていれば、スライドが迷子になることもなかったのに」となげく場面がある。そのときの彼は心底残念がっている中にどこか諦めの境地にいるように映った。
はじめて彼の写真を目にしたのは、2023年の夏、東京渋谷ヒカリエで開催された『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色』展だ。
撮影可の写真展とあり、一眼レフを構えたひとがわんさか居た。携帯電話をかまえるのはありふれた光景だが、前後左右どこをみても一眼レフを構えたひとがいるのはどこか可笑しみがあり、雑踏にいながらでもどこか惚(とぼ)けた空気が漂っていた。文字にしてみると、ちょっとライターの写真に通じるものがあるな。
ファッション写真はどちらかというと「いかに映えるか」にフォーカスしている。でも彼が街角で撮ったスナップショット(と言い切って良いのかわからないが)は曇りや雪の日で輪郭はぼやけているが、目をうばう紅色の傘や薄橙の灯り、真っ黒な人影などがぽんと置かれている。情緒に一点だけあかりが灯った光景が、雪が音をたてず溶けていくごとく時間をかけて心に馴染んでいく。まるで水のようだ。
約20年ファッション写真を撮ったのち、ライターは1980年代に50代で表舞台から姿を消し、自ら撮りたいものを撮りつづけた。
「絵画は創造であり、写真は発見だ」
そう語っていた彼の自宅には、自ら描いたスケッチや絵画、絵の具が散らばっていた。
表舞台に躍り出ることだけが生きることではない。
でもそれは一度舞台に立ったからこそ得た彼の矜持なのだろう。
自らが信ずる美の追及は、世間の思う「表舞台」では実現できないと悟った。そして舞台から降りたあとで彼がどう生きたか、われわれは写真を通して知ることになる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?