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本の虫

  • 本の虫になったワケと小説を書き始めたきっかけについて

 ある日従姉妹から重たい段ボールがたくさん送られてきた。なんだろうとつぶやきながら箱を開けると、中には本がぎっしり詰まっていた。世界文学全集だった。私は、やったーと大声で叫んで一つ一つ本を取り出していた。全集は全巻揃っていた。アメリカに始まりヨーロッパ、アジアと続く全集はこれまで欲しくても手に入らなかったものだ。5箱もあるよ、と母はあきれたように言い、一応お礼の電話をするから一緒に出なさいと私に言った。私も電話口に出たが、興奮のあまり何を言っているのか自分でもさっぱりわからなかった。ただ早く本のところに戻りたくてうずうずしていた。

 次の日から私は段ボールに埋もれるようにして本を読み始めた。幸い小学校は春休みの最中で私は何もすることがなかった。朝起きてすぐに外に遊びに行く弟を横目で見ながら、私は小屋の中に入った。そして時間を忘れて読みふけった。

 昼時になると祖母が見に来て、私の姿勢が朝と全く変わっていないのに驚き、トイレぐらい行きなさいとちょっと強い口調で言った。私は、わかったと言ったが、ご飯を食べ終わるとまた小屋にこもり夕方まで出てこなかった。

 毎日が飛ぶように過ぎていく。私はこんな物置小屋にいながらにして世界を旅行しているのだった。ハックルベリーや小公女やアンシャーリーがそこにはおり、実際の友達と遊ぶよりも楽しく感じた。私は小屋にこもり続けた。ある時は笑いながら出てきたし、あるときは泣きながら小屋から出てきてタオルを持ってまた小屋に入ったりした。祖母は時々覗きに来ては直射日光がページに当たっていると、向きを変えるようにと私に注意した。

 1週間それを続けると、とうとう日本の全集にまで到達した。「もう全部読み終わっちゃった」とある日の夕方私が言うと、祖母はどれが面白かったか3冊選んでみなさいと言った。私は迷いながら段ボール箱を眺め3冊を選び出した。
「それで良いね」と祖母は念を押した。
「これ以上読んだら、目がおかしくなる」と祖母は言いながら紐で縛った。

 久しぶりに友達と遊んで帰ってくると小屋からは段ボールがなくなっていた。祖母は何度聞いても本のありかを教えてくれなかった。

 私は泣かなかったし不思議と平坦な気持ちだった。祖母を恨む気持ちもなかった。祖母の気持ちが透けるように見えるのだった。私はただ3冊の本をしっかり抱きかかえた。

 その頃から私はだんだんみんなと違うような気がしてきた。国語の授業の最中にこの人は今こんなことを言ったけれどももし違うことを言っていたらこのようにストーリーが展開するし結末が全然変わってくるなどと考え始め、それが行き過ぎて、友達と喋る時にも、この時自分がこう言えば彼女はこう答えるだろう、そうなったときの展開がAだとすると私がこういった場合の展開はBとなりその後も枝分かれするように次々と考えていくと、無限に可能性が広がる。結果として恐ろしくて喋るのが怖くなった。

 そんなだったから、付き合える友達は数少なく、何も考えなくても、またどんな枝分かれかたをしてもちゃんと返してくれそうな人だけとしゃべった。

 そのあと北杜夫さんの作品にはまり、北杜夫さんがトーマス•マンが好きと知ってその小説の主人公が言うところの呪いってこういうことかもしれないと思ったりもした。(しかしその頃はまだ小説など一度も書いたことはなかった)

 おばあちゃんは私が本を読みすぎてメガネをかけるようになることをひどく心配していた。私の視力は中学生のあいだギリギリ黒板が見える程度に低下がとどまっていたのはあの時のおばあちゃんのおかげかもしれない。

 なんとなくその頃から文章を書いていくのが好きになり、ノートにいろいろ書き綴っていたのだが、ある日それを発見したおばあちゃんが
「あんたは、文章を書く人になるといいね」と言ってくれた。私の文章が気に入ったらしかった。
私はとてもうれしかった。

 両親共働きで、普段ずっと一緒にいるのはおばあちゃんで、連れ合いを早くなくしてから母たちを女手一つで育てあげ、90過ぎても背骨がしゃんとして、メガネなしで新聞を読むほどしっかりした、常に姿勢の美しい人だった。私の弱めの性格が心配らしく、誰かにああ言われたこう言われたとうだうだする私の話を受け止め、もっときつくなりなさい、どこへ行ってもやっていけるように、と喝を入れてくれるのだ。

 私は今でも祖母のことをずっと忘れない。いなくなってからも何とかして魔法でもいいから復活してくれないかとメソメソ泣いていた。自分だけが、受け入れられなかった。

 おばあちゃんのように強い人になりたい、と思い私の祖母の名前からアカウント名をつけることにしました。祖母が言ってくれたように、いつか作家になりたい。という願いも込めて。


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