日本の平均賃金が上がらなかった理由の考察
大きな構造として原因は3つの要素の複合した結果だと思います。
まず日経が指摘している点を整理します。いわゆる「貧者のサイクル」に陥っているという点です。
バブルの崩壊から金融危機を招いたあたりで、緊急避難的に賃金の抑制を図りました。そのために採用された「麻薬」が派遣制度です。官公庁では「臨時職員」という制度です。国家的に人件費を抑制する方向に舵を切ったのです。
これによって短期的な危機は脱しましたが、それに味を占めた経営者たちはより困難な生産性の向上という中長期的な対策を打たず、というかどうして良いかわからず、この「麻薬」に依存するに至ったのです。
生産性の向上が図られなかったのは、方法が分からなかったからです。工場の生産性は世界を凌駕するレベルにあったのに、それ以外のいわゆるホワイトカラーの業務改革は全く進みませんでした。
いち早く取り組んだ米国では既存の仕事を改善するのではなく、SAPなどが提供する「標準業務手順」を採用し、一気に事務処理の改革を進めました。
日本では事務方が従来からの処理手順にこだわるあまり、業者が提供する「標準手順」が採用できず、独自開発したり大幅な改造を加えるなどして、コンピュータ化の効果を台無しにしてしまったのです。この結果、「コンピュータ化は金ばかりかかって効果がない」という誤った見方が広がってしまいました。経営者にも事務の現場にも、コンピュータ化の意味を正しく評価できる教育がなされていなかったのが敗因で、これは未だに改善されていません。
世界的に見て生産性が相対的に低下し続けていたのに、改革が進まなかったのはなぜかというと、日本の国内市場では、別の競争にはまってしまったのです。「利便性の追求」です。
コンビニ、宅配、24時間修理など、世界では例を見ない水準での「利便性」の追求が進みました。これが生産性が上がらないため、長時間労働を強いられたり共働きをせざるを得なくなった人たちに歓迎されました。
生産性が上がらない ⇒ 長時間労働、共働きが必要 ⇒ 人海戦術でのサービス競争が激化する ⇒ 生産性が上がらない
という「便利貧乏」のサイクルに陥ったのです。その結果、経済は成長していないのに人出が不足し、それでも賃金は上げたくないので、今度は外国人を増やそうとしているのです。問題の本質を見誤っていると言わざるを得ません。
誤った資本市場の導入
これはあまり議論されていないようですが、バブル崩壊による金融危機を受けて日本企業に浸透したのが「グローバリズム経営」という麻薬です。
金融危機のせいで金融機関は貸しはがしに走ったため、企業は自己防衛もあって、また外国人投資家からの要請もあって、銀行金融から株式や社債による資本市場からの金融に移行していきました。そうなると株価を維持することが至上命題となり、本来ならば利益を研究開発や設備投資(生産性の向上)に再投資して売り上げと利益の拡大を図らければならないのに、単純な財務諸表の「見てくれ」の改善という小手先の改善に走ったのです。
そのもっとも簡単な方法が「内部留保の積み増し」です。つまり、利益を賃上げとして社員に還元したり再投資したりという拡大の方向に使うのではなく、簡単に言えば「タンス貯金」として貯め込んでしまっているのです。これでは中長期的な技術・商品開発や生産性の向上は期待できません。外国株主からの再三の批判にもかかわらず、この「お化粧」のような財務諸表作りは変わっていません。つまり、資本主義のイロハに反するようなことを30年も続けてきたのです。賃金が上がるわけがありません。
このような、一つだけでも深刻な要因が3つも重なり合ってしまった結果、日本企業の体質は糖尿病のような状態に陥り、心臓、腎臓、高血圧などのさまざまな病理に悩ませられることとなり、思い切った賃上げなどの大胆な手術ができにくい状態になっていると思います。
いかにそれぞれの論点についての関連記事を示します。
「貧者のサイクル」に陥っている点
日本経済新聞:なぜ賃上げに踏み切れないのか https://www.nikkei.com/article/DGKKZO37578250X10C20A1EA2000/
東洋経済オンライン:賃金が上がらない背景には“貧者のサイクル”がある https://toyokeizai.net/articles/-/309491
派遣制度の導入
朝日新聞デジタル:派遣社員の賃金引き上げは 今、どこまで進んでいるのか https://www.asahi.com/articles/ASNBW4HF4NBWUCVL00B.html
日本経済新聞:「高い派遣料、低い正社員給与」 根拠なき格差、厚労省が是正案 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38397290R00C20A7FFE000/
生産性の向上が図られなかった点
ダイヤモンド・オンライン:「日本的マネジメント」はなぜ世界で通用しなくなったか https://diamond.jp/articles/-/157624
Forbes JAPAN:日本企業は生産性を上げられるか? https://forbesjapan.com/articles/detail/28366
業務改革が進まなかった点
NewsPicks:日本企業に「IT改革」は無理? 共通の課題と原因を徹底分析する https://newspicks.com/news/2362869/
プレジデントオンライン:「日本的」IT改革は、なぜ成功しないのか? https://president.jp/articles/-/26140
「利便性の追求」による生産性低下
東洋経済オンライン:「利便性」至上主義からの脱却 日本経済の再生に欠かせない3つのステップ https://toyokeizai.net/articles/-/201361
日本経済新聞:コンビニ、ATMはどうして増え続けるのか? https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37383310R10C19A8MM0000/
資本市場の誤った導入
日本経済新聞:「バブル崩壊から30年、株式市場は「流動性枯渇」のリスクを抱えている」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN26C6J0S2A320C2000000/
週刊ダイヤモンド:「日本の株式市場はなぜ活性化しないのか? 日本流の規制と風土を変える4つの提言」
https://diamond.jp/articles/-/276178
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