月を見るだけの話

「今日は月が綺麗だねぇ」
 思わずそう話しかけて、お酒を一口飲む。今日は中秋の名月。僕の家の和室から、僕らはお月見をしている。目前には綺麗な月。横を見れば綺麗な彼女。僕の隣にいるのは最も愛おしい女性で、一緒にこの月を見られることがこの上なく幸せだ。ああ、幸せだなぁ。
 僕は彼女と、今食べているこの団子よりもずっと甘い関係になりたかったのだ。彼女は全然僕に振り向いてくれなかったから、本当に苦労した。でもやっと僕のものにできた。ここまで本当に長かった。
 やっと僕らは幸せになれるのだ。きっと、これからもずっと、僕らは幸せでいられるだろう。そう信じていたい。
 彼女は何も言わない。何も返してくれない。それはそうだ。

 最高に愛おしい彼女は、幸せな顔をして眠っている。

 こうするしかなかったんだ。全然僕に振り向いてくれなかったから。
 苦しまないように、睡眠薬で眠らせて、首を絞めて殺した。愛おしい彼女を手に掛けることができて、本当に幸せだった。そして僕もまた、幸せになる。
 今、僕もそっちに行くからね。
 左手で彼女の右手を握り、右手で手近に置いてあった短刀を握る。そのまま首の、脈を感じられる所に当てて、一気に突き刺す。とても痛い。でも二人で幸せになれると思うと段々痛みを感じなくなっていった。
 頸動脈は深くて中々切れないらしいから、しっかりと何度も突き刺して。力尽きて倒れ込む。
 次こそは、お互い好き合えたらいいな。
 遠ざかる意識の中で、最期にそう想った。

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