国連FAOはゲノム編集を推進

FAOのリポート


国連食糧農業機関(FAO)は2022年12月、「ゲノム編集とアグリフードシステム」と題したリポートを公表しました。農業分野でのゲノム編集技術の利用については賛否両論があることから、リポートの中では「バランスの取れた議論を展開する」としながらも、多くのメリットを強調し、FAOとして推進したい考えを強くにじませています。結論として、「ゲノム編集はアグリフードシステムの変革に向けたさらなる一歩となるかもしれない。FAOはこの重要な分野で主導的な役割を果たす用意がある」とアピールしています。ゲノム編集の推進派にとっては大きな援軍となりそうです。

リポートは、「世界に食料を供給するフードシステムの多くは、地球温暖化や異常気象、土地や水資源の劣化、紛争、パンデミック、人口動態の変化によって深刻な影響を受けている。影響は、特に最も脆弱なコミュニティや個人に広がり、その多くは生活を農業に依存している」と現状を振り返った上で、「飢餓の撲滅や栄養の改善は、世界の多くの地域でアグリフードシステムの大変革を必要とする」と指摘しています。

「科学技術のイノベーションの応用は、必要な変革で重要な役割を果たす」として、その一つとしてゲノム編集技術を挙げました。ゲノム編集は「農業生産の多くの側面で改善に貢献する。食料や農産物の世界的な需要増加に対応できる可能性がある」とメリットを強調しています。

一方、「ゲノム編集は食料安全保障や栄養、環境の持続可能性を改善する可能性があるが、安全性の問題については検討されなければならない」と、課題も挙げています。さらに、「ゲノム編集の製品により、環境や生物多様性、人間の健康が悪影響を受ける可能性があるため、規制が設けられなければならない」とも指摘します。現時点では各国の規制がバラバラであることから、「各国政府はできるだけ国際的な調和を考慮したアプローチを採らなければならない」とも訴えています。

リポートには、ゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の開発で2020年にノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナ氏が序文を寄せています。同氏は、ゲノム編集について「農業や環境分野への応用が大きな可能性を秘めていることが次第に明らかになってきた」とメリットをアピールし、推進したい考えを示しています。

同氏は、技術開発による農業分野での過去の大きな変革として、1960年代の「緑の革命」を挙げ、「世界で飢餓や貧困を減らしたが、農薬の過剰使用や単一栽培といった予期しなかった新たな課題をもたらした」と負の側面にも言及しています。ゲノム編集でも、こうした予期せぬ問題が生じる可能性があるとして、推進の姿勢を示しつつも、あまり前のめりになりすぎず、さまざまな側面を視野に入れながら慎重に進めるべきだとの考えのようです。

一方で、世界人口が80億人を突破したことに触れ、「人間の生活を維持し、環境を保全するあらゆる技術的な選択肢を検討することが必要だ」として、ゲノム編集の可能性を強くにじませています。結論として、「人間の健康は農業に依存している。クリスパーが登場して10年余りが経過した。今こそ、この技術を賢く使うときだ」と訴えています。

リポートは、ゲノム編集食品の具体例として、以下のような食品を明示しています。研究開発段階のものから、日本のGABAトマトのように既に商品化された食品も含まれています。国別に見ると、米国と中国が世界をリードしていることがよく分かります。

◆食品の品質を改善(9)
・脂肪酸の組成を改善したカメリナ(米国)
・ビタミンCの含有量を増加させたレタス(中国)
・脂肪酸の組成を改善したナタネ(中国)
・アクリルアミドの生成を低減させるポテト(米国)
・脂肪酸の組成を改善した大豆(米国)
・GABAを多く含むトマト(日本)
・グルテン含有量が少ない小麦(スペイン、オランダ)
・抗酸化物質の含有量が多い野生トマト(ブラジル、ドイツ、米国)
・風味を改善したビール酵母(ベルギー)

◆農産物の性質を改善(23)
・高い収量のアルファルファ(アルゼンチン)
・カビの発生を抑えるバナナ(オーストラリア)
・病害に強いバナナ(ナイジェリア)
・ウイルス病に強いバナナ(南アフリカ)
・カビ病に強いカカオ(米国)
・シアン化合物を減らしたキャッサバ(米国)
・ウイルス病に強いキャッサバ(米国)
・ウイルス病に強いサクランボ(米国)
・病害に強いシトラス(中国)
・ウイルス病に強いキュウリ(イスラエル)
・除草剤耐性のアマ(米国)
・乾燥耐性のブドウ(南アフリカ)
・カビ抵抗性のトウモロコシ(米国)
・除草剤耐性の菜種(中国)
・病害に強いポテトとテンサイ(ロシア)
・塩害耐性のコメ(インド、中国)
・カビ抵抗性のコメ(米国)
・タンパク質含有量を増やしたソルガム(オーストラリア)
・ストライガ(寄生植物)抵抗性のソルガム(ケニア)
・線虫抵抗性の大豆(米国)
・バクテリア抵抗性のトマト(米国)
・プロビタミンD3を増やしたトマト(英国)
・カビ抵抗性の小麦(中国)

◆動物育種への応用(9)
・鶏白血病ウイルスに強い鶏(チェコ)
・低アレルギー乳の乳牛(アルゼンチン)
・角のない乳牛(米国)
・成長が早いトラフグ・マダイ(日本)
・収量の多いカシミアヤギ(中国)
・不妊・耐病性のサーモン(ノルウェー)
・筋肉量が2倍の豚(韓国)
・低温耐性と肉量を増やした豚(中国)
・豚熱に掛かりにくい豚(英国)

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