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ボケツ|かわいくねぇヤツ File.b0002-1


「……怒られに、来た」

 ヘッ……?! あっぶなーい、作業の手が一瞬止まって、動揺を見せてしまうとこだった。ってか……何の話?

 いや、でも今は無視。厳しいかもしれないけど……私としては、彼が安全な人って確信できないと、フツーに接するなんて無理。

 でも……安全、か。今の段階では、完全に私の思い込みと身勝手な意志でしかないから、判断できないな……。早坂さん、あの告白めいた謎の発言の後は、極空に参加したり、その後も含めて、頻繁にこのキッチン手前の廊下にやってきては、雑談を持ちかけてきたり……。ケド、それだけ。パッと見れば、仲良い友達でも通じる距離感でしかない……って、理性ではわかってるのに、私! 『告白って感じた私の感覚が間違いだったんじゃ?』とも、思うのに……それでもやっぱり、警戒はやめられない。だから……本当に大事な話以外は、仕事に集中してるフリをして、聞く耳を持たないようにしてる。……こんな態度、よくないってことくらい、わかってる。でも……もし、本当に私が察したとおりなら……とっとと気づいてもらわなきゃ。私は関わられないってこと。諦めてもらわなきゃ……彼のために。いや、今のは半分ウソ。本当は自分のため。……これ以上、暮らしに彼が入り込むのを許すわけには、いかない。

 だから今回の話題も、動揺を見せるのはイヤ。だって彼、私の反応が出てくると、またあのまぶしい笑顔を全面に出して、内面的に私の背後にあっという間に忍び寄ってくる……。そういう意図が彼にないのはわかってる。ケド、そう感じられる私にとっては、やっぱり……危ない。そうだ、だから、安全とは思えないんだ。でも……そうだとすれば、もう、早坂さんとは、前のようには話せない、な……。

「お昼にサ、ひっしぶりにコクられた」

 えーーー!! ……なんかすごい話、出してきたな。それも困ったことに……気になる!

 でも、ここで相槌打ったらさすがに興味ありまくりって思われる気が。……それも、私がその話題を聞きたいっていうのは、好意を向けられてるかも? ってわかってる私としては……よくない、な。

 と、とりあえず、知らんぷり知らんぷり……早く、続き!

「いっつも疑問なわけ。『俺を知らないくせに、なんで告白してくるわけ?』って」

 あれ? なんか今の、イラッとした。……ん?

「『そっちが何を見聞きしたかしんねーけど、俺は別にあんたなんか知らねぇし、そもそもからして見知らぬ人に告白とかされてもサ』って……思うんだけど」

「ちょっと! それ本気で言ってます? なら一度!」

 気づけば彼の胸ぐらをつかんでる自分がいて、ふと我に返り、ハッとして私は手を離しました。ところが、彼はそうなることを知ってたかのように、微笑んだのです。

「そ……調子にノッてるっしょ? 俺。コクった側の気持ち、考えらんねーの? ……だろ? わかる……一応、俺もようやくその感覚を知ったし」

 ……しまった! ウッカリスッカリ油断した。またそういう、余計な事ーー特に最後の一言とか!ーーを言わせる機会を与えちゃって……ダメダメ、今、彼見ちゃダメ。……だって絶対、今のは私に関係あるって、アピールするような、まっすぐな目をしてそぅ……。あぁ……これ、本当に私の勘違い? もうイヤ、悩みたくなんかないのに……。

 私はスッと目をそらしたものの、数秒の沈黙を経て、ハッとしました。……しまった! しかも手を出したってことは、一度話にノッてしまったも同然。それも、彼の本音は出てる……つまり、ここからは私の出方次第。……大事な話題を本音をぶつけてもらって、その相手を無視……し続けられるほど、私は人情派の自分を、殺せない、な……。

「……言い方。それだけなんです私がイラッとしたの。だって……すごい、失礼」

「知ってる。心が動かない不感症の冷徹人間。そんな自分を最低だってことくらい……。ま、でも今は、別にそう思ってねぇーし、コクってきた相手ディスるつもりでもねーし……だから、最初に告知したっしょ?」

 そっか! だから、『怒られに来た』! ……ダメだ、なんか今日の会話、完全に持ってかれてる。気をつけなきゃ。

「……ケドサ、正直、さっき言ったのも本音。ずーっとそう思ってきたし、やっぱり……今でもそう思う。だから、ムズイなーって……断るのも」

 ハッ。なんだろ……早坂さんっぽい発言が出てきそう。自然と私は彼に相槌を打ってしまいました。

「ウソ……つきたくないから、ですか?」

 だって、相手の気持ちを考えると断りきれない。ケド、相手との告白シーンそのものに不満を持ってるジブンがいるなら、付き合うどころじゃない。とはいえ……相手の気持ちを思うが故に、それらしく断ろうとするなら……昔の早坂さんなら、建前というか、ウソというか……彼の言葉を借りれば、『調子のいい自分』をやって、穏便に終わらせそう。でも、彼は今……そうしたくないはず。

「あー、例えば『好きなヤツがいるー』、『彼女がいるー』とか?」

 コクリ。

「ま、今は前者は事実かも、だけど……俺基本言わないな、理由」

 ウッ……地味に、今の心境を打ち明けてた前半は無視したとして……。ってか、我ながら、かなり冷酷だなー、私。人の恋愛談に首を突っ込んでおきながら、自分に関連しそうかもって話題だけは無視だなんて……。でも! 早坂さんだって、そうされたくなきゃ言ってこなきゃいいし、諦めればいいんだ。そうだよ、そう!

 って、今はそれより……言わないってとこ。本質的には、そっちがこの話の中心っぽそ。

「それって……早坂さんからしてみれば、見知らぬ他人になんでそこまで教えてやんなきゃいけないの? 的なニュアンスで合ってます……?」

「ま、そんな上からのつもりはねぇけど……昔はそう思ってたことがあったのも、事実かも。あと、も一つ。俺の経験上、理由は墓穴。食い下がられやすい」

 あー、なんだろ、それ……すごく目に浮かぶ。

 そもそも、早坂さんに告白する時点で、私みたいな小心者とか未経験者にはハードル高すぎ。つまり逆を言えば、カレカノとかの世界を知ってる世慣れた人間が相手。……だとすると、修羅場とか、そういう恋愛関係の交渉というか……純情すぎる人間とは違って、何度も経験してて、やりとりに余裕を持ててそう。……なら、確かに。ってか、すごい想像ついた……肉食系年上美女だ、それ! ……うん、間違いない。だって彼の見た目と今のキャラ、そういう女性に絶対ウケそう!

「……言いたくなければいいんですけど、ちゃんと話聞くならって思うから聞きます。いつも、どうやって断るんですか?」

「『ごめん』」

「……だけ?」

「基本は」

「それで……皆さん納得されますか?」

「半分は」

「つまり、あと半分は食い下がってくる……?」

「……だな」

 つまり、『じゃあデートとかは?』って、別の関わる選択肢を出してきたり、『誰か別に好きな人とか?』とかって詳しく聞く……って意味だ、私のイメージ通りだとすれば。

「断る時とデートになる時、付き合う時って……前提が違ったりしてるから、結果が違ってくる、とかですか?」

 ……ハッ! しまった! 今の、さすがにプライベートすぎる部分! あぁ……取り消すべきだけど、その顔……無理、だよな。この人もまたマジメ人種、すでに回答を考えちゃってる……あぁ、なんだろ、これ私、墓穴だったかも……。

「前提、かー。これまでだと、多少、学校のクラスで一緒とか、仕事で絡みがあるって前提で、イイやつだよなーって場合は、デートしてみたり、はあったな。とはいえ、自分を恋愛不感症だって信じ込んでたから、中学以降、告白されて即付き合うっつーのは、一度もねぇ。……でもサ、これってフツーじゃね? って思わね? だって相手の情報量少ない上に、好意持たれてるからって理由だけで、『じゃあ付き合おう』だなんて……危なすぎネ?」

「危ない、とは……?」

「試しもせずに、相手と自分の自由拘束するっつーとこ。だから、即オーケーなんてのは、その後の面倒くささを知らないか、やりたいだけとか、なんかやましい系、利用する系な考え持ってるとかな気がする」

 ……さすが、恋愛感情を持ったことがない人。相手からすれば、話しかけるだけで相当ドキドキなはずなのに、冷静を通り越した、冷酷極まりない分析と考え方……過去のジブンを、彼が恋愛不感症って言ってた意味、今なら、わかる気も、するな。

「あとは、両思いとか、少しでも相手に興味がわいてる場合、ですよね、一般的には……。とはいえ、早坂さんはそういう感情、なかったみたいですけど……」

 早坂さんの口元が一瞬緩んだ後、彼は私の目を見ました。……ん? なんか今、発言間違えた?

「でもサ、根本的に俺の発想っておかしい? ……で、マウリちゃんに聞いてみたかったわけ」

「発想? あ……自分のことを知らないのになんで告白してくるんだ? ってところですか?」

「ってか、お互いに知った仲ならまだしも、告白からの即返事求む、って……それで自分の自由手放すかなんか、決められなくね? っつーとこ。例えばマウリちゃんがサ、フツーに生きてて突然、『付き合って』ってコクられたら……どう?」

 そんなこと……考えたこともなかった。

「全く知らない人だと、怖いですけど……」

「怖い? それってどういう感じ?」

「え、だって知らない人なんですよね? それで突然告白なんかされても、『誰?』って……あぁ、この前のあの人とか、私にとってはその類です」

「ほらー! んじゃやっぱ、あのストーカー事件、怖かったんじゃん! なーんでそれ、当時認めらんなかったわけ?!」

 ムッ! ……まーたそうやって蒸し返してくる!

「あれは違います! そもそも、たった1日弱の大学生の遊びをストーカーだとは思いません!」

「職場知られたのに?」

「佳也さんが処理してくださったじゃないですか!」

「ヤツがいなきゃどーなってたかってとこ、もーちょい考えろっつってんの!」

 ハッ! ダメダメ……真に受けちゃ、向こうの思うツボ。

「……早坂さん、考えすぎです。確かに私は賭けの対象にされた『らしい』ですが、結果的には何の被害もなかったし、私だって、心身ともに悪影響なんか受けてません……そう言ったはずですし、それが事実です。それに、怖いって、そういう意味じゃないです」

 って、言ってて気づいたけど……あの話題を出したの、私じゃん! バカー!

 確かに、数日前のあの事件は本当にビックリした。それは事実。それもこの人、あの時すごく怒ってたもんな……言われなくても気配でわかった。ケド、ちゃんとそれを抑え込んであの日は解放してくれた。ま、翌日のあの夜は追い払うのに苦労したけど……。

 それにしてもあの時、佳也さんに会えたのは、よかったな。なんか……救われた。この時代に、あんな若さで、あんなに寛大な人、いるんだな、って……。

 って、思い出してる場合じゃない! 逆ギレっぽくなったけど、でもコレ以上はホント墓穴でしかない。とにかく、話題戻さなきゃ。……お願い、こっちの深堀、もう諦めて!

「んじゃどーゆー意味だよ」

 あ……穏やかなトーン。優しい……話題、逸らさせてくれた! よし。

「つまり、知らない人に話しかけられると、一歩引いてしまうって意味での感覚です。怖いっていうより……不気味? 得体のしれない存在に、私のこと知らないはずなのに、『なんで?』みたいな……あ」

 早坂さんのニシャッとスマイルに相変わらず胸がキュンキュンうずくのを必死に隠しながら、私は会話に集中しました。

「なるほど……この感覚ってことですね? たしかに……接点がない相手に、突然告白されても……なんと言えばいいのかわかりませんが……」

「ムズイっしょ? それに回答するなんてサ」

 ハッ……。コクリ。

 ようやくわかった、彼の今回の話題の意図。……確かに、そう思うのも、自然かも。

 ……ん? あれ、それも、思えば……私も、彼にあの日、それに近しいことをされた気が、しなくもない。確かに数時間、一緒に濃厚な話ーー極空ーーはしたけど……あの日が初対面だった。そして、初対面の終わりにーーもし私の勘違いでなければーー彼が、私にその内なる好意のしっぽを見せてきた、ってことに……。

 そういう意味では、彼には不気味さも怖さも全く感じなかったな……1ヶ月後、ここに突然彼が現れた時でさえ。なんでだろ? うーん……お互いが、大事な価値観を既に共有してたから……? あ……マドリンネ婦人が言ってた、早坂さんなら、身勝手に振る舞うときでさえ、加減が大事だということをよーく知っている、って……ありえそう。つまり、彼は私に配慮しながら、接してくれてる、ってことなんじゃ……?

 キュンッ……あぁもうダメ、今のも完全に墓穴だった。自爆。……自ら、私の中での彼の価値を高めてどーするの!

 とはいえ……そっか。でもそう考えると、私……彼の手の上で転がされてるのかな? ……そうじゃないことを祈るばかり。というか、そもそもコレまでの言動だって、もし彼が私にそういう好意じゃないとしたら……めちゃくちゃ失礼! でもあの発言は絶対……あー、ダメダメダメ。まーたグルグル無駄な無限ループに入っちゃう。考えちゃダメ。まだまだ謎だらけだけど、そもそも私に恋愛なんて、無理なんだから!

 でも……そう考えると、私、もしかして最低なコト、しちゃってる……? だって、彼が好意を持ってるかもしれない私が、ズカズカ彼の恋愛事情に立ち入って……いや、ダメだこっちも考え始めると泥沼。それにこれは、彼が出してきたわけで。……それも、雰囲気を見る限り、彼にとっては極空のつもり、かも、しれない。だとすれば……私は、誠実に回答したい。

 えっと……さっきまでの話で、彼の感覚は理解できた。で、モヤモヤしてるって事は……うん、そうだ。まずはココからだ。

「おそらく今回もそうなんでしょうけど……つまり、いつもそういう苛立ちというか、ムッとこみ上げてくる感覚を持ちながらも、仮面をかぶって『いい人』として断ってたんですか?」

「なんでそー思うわけ?」

「……本当に我が強い人は、きっと、モテることを名誉に感じて、単に喜ぶだけなんじゃないかな、と」

「ハハハ、王さんだな……確かに」

 そっか、早坂さんにとってはあの人が浮かぶんだ……確かに。私は、麗華さんを浮かべたんだけど……そっか、早坂さんは彼女をまだ、知らないもんな。

「つまり、告白された後に何らかの葛藤が残ってるから、おそらく今もまだモヤッとしてるわけで……ってことは、仮面かぶってたからかなー、って思ったんですけど……やっぱり違いましたか? だったらスイマセン、偏見です……」

「考えてみたけど……確かに昔は、仮面って意識あったな。優等生の仮面。ケド今は……礼儀、かな? それに……誰かに気持ち持ってかれるって感覚、今回味わってみてサ、『あー、礼儀正しくしといてよかったー。過去の自分、グッジョブ』って、正直思ったりもしてるし」

 またそんな余計な事を! ……って、いや、今の彼が誰に気持ちを持ってかれてるか、だなんて話題、私は触れない。考えない! ケド……やっぱり、口調が荒くて押せ押せでも、どっか優しいんだよな……この人。だから、無視は、しきれない。

「それに今は、その仮面を脱げる時間と場所と精神的な余裕があるわけで」

 いやいやいや、そこでなんで私に笑いかけてくるんですか?! マドリンネ婦人相手ならまだしも……私にそういうコト求められても、困りますー!

「とはいえ。やっぱ、言うほど知らない人間に自分すぐ見せるのって、ここじゃなきゃムズかったりもするわけ……だからさっきも、相変わらず後味悪かったし」

 ハッ。……今の、なんか……大事、なキーワードっぽい……。

「……その人のこと、知らなかったんですか?」

「他部署の人だったからな。それも、どちらかというと噂女子じゃない方。俺に彼女がいるかすら調べてないままコクってきたし……。俺が知る限り、恋愛女子は周囲からそういう情報収集して、成功確率が存在してる状況でだけ、コクるんだろ?」

 そういう……ものなの、かな? その人以前のレベルだから、知らない世界すぎて、常識感が全くわかんない……。でも、確かにキラキラ恋愛女子を見てると、常に周囲に情報網を張り巡らせて、相手がいるかとか、いろんなことを人から聞いて、知ってそうなイメージはあるな……。

「ちなみに、興味本位というよりも会話の流れを知りたくて聞きますが、彼女は、なんて? ……あー、でもいや、やっぱりいいです、今のナシで」

 ダメだ、私に恋愛談なんかうまく扱えない! 今のだって、思えば……。

「あー、彼女に失礼、って? いや、別に俺、彼女のコト、笑ってるわけでもネタにしてるわけでもねぇし。むしろ、一旦相手側は置いといて、俺の問題、っつーか……。自分の中で落ちが悪い疑問だから、ココで話してるわけで……。ま、お前が彼女だとして、ここにいたら気分悪いだろーし、キレイゴト好きな特性からすれば、デリカシーうんぬんも大事だろーってのも、わかっけどサ……。今は俺、この後味の悪さ、なんとかしてぇ。理想を言えば……もうやめてぇ。だから言い出したわけで……。っつーわけで、彼女に失礼とか、そーゆーのとりあえずなし」

 『お前』! ……あれ? 私、彼になんか、ケンカ売った? そんな言い方されたの、初めてなんだけど……。ハッ、気づけばまた自分の話ばっか考えちゃってる……今はそっちじゃない!

 って……うん。今の言い分は……正当、だな。ここでの話題としてもそうだし、彼らしいとも、思う。だって……困ってるから話したいって思ってくれてるのは、対人間からくる信頼がベース。これまでもうっすらそう思ってたから、彼の話題の一部にも反応してきたんだけど……今のは、明確な彼からの依頼。人としての信頼を土台にした、直接的な依頼。あぁ……その信頼に応えたいって思っちゃう自分が、やっぱり強い。……相手の女性の方……誰にも言いません! 許してください!

 彼は私のOKを視線から察したようで、話し始めました。

「今日会社行ったら、マウスがなくなっててサ。『あれ?』と思って机の周り探したら、一番上の引き出しに、封筒と一緒に入ってて」

 うまい! そうやって彼だけにこっそり気づかせたんだ……賢いな、その人。っていうか、なんか……大人の恋愛学校、みたい。……って、ヤバい、好奇心が先行しちゃって……ダメダメ、ちゃんと聞かなきゃ。

 でも……すごいな、相手の女性も。恥ずかしいしバレたくないし、でも、そのリスクを犯してでも、って……。尊敬する。そういう世界に多少でも踏み込もうとさえ思えない根性無しでクズ女子の私とは、ぜんぜん違う……。

「で、中見たら、会社から遠めのとこにあるお店の手作りランチ券が入ってて、日付が今日だったわけ」

「……間接的なランチのお誘いだった、ってことですか」

「そ。手紙がついててさ。迷惑かもしれないって思ってるけど、美味しいタダランチだけでもぜひ、って。……ま、このパターンはもう何回か経験してたし、行ったわけ」

「それって……一人で食べさせるのかわいそうだな、って?」

「そーじゃない、って言ってほし?」

 え、何その切り返し……ただ、私は……。

「別に早坂さんを美化したわけじゃ。ただ……いや、余計な話でしたね。続き、どうぞ」

 目をそらす私に、彼はもうそれ以上、言い返してきませんでした。

 沈黙、ってことは、つまりそう思ってたのはあったんだ。やっぱり、彼らしい。……けど、大変だな、大人の恋愛事情って。コソコソしなきゃ、噂になるもんね会社の。それも、そういうのは学校と同じく、広まるのがすごい早いはず……。それに、相手の好意にどこまで答えなきゃ失礼かとか、かわいそうとか考えると……あぁ、なんか、彼が言ってた『めんどくさい』の意味が、少しわかる気がする。手間がかかるというか、細やかな配慮に神経めっちゃ使うって意味で……だから、『ムズイ』って……?

「で、行って話して、隣の隣の部署の人だって知ったわけ。見知らぬ人にコクられても判断しづらいと思ったから、食事しながら自分を知ってほしいって思った、と。ま、たしかに俺が他部署で誰か気になったとして接点なければ、なくはない手段だなーと思う選択肢だったから、なるほどなって」

「……で、実際にランチして、どうだったんですか? チャンスだったじゃないですか、それって自分を出す」

「そー簡単じゃねーって。ま、とはいえ俺は結構出したけどね、このテンションで」

「どういう風に?」

「最初からぶっちゃけて聞いた、『なんで俺に興味持ったの?』って」

 えー、唐突な!

「ンな顔すんなよ、だって俺からしたら、知らない相手に誘われてそこへちゃんと行ってるんだぜ? 知る権利くらいあると思わね?」

 いや、そうじゃなくて……その女性、告白気分だったのに、追及みたいな雰囲気になって、大変じゃなかったかな、って。……でも、そっか。彼の自己アピールの仕方としては、あながち彼の本質に近いから、唐突ではあるけど、間違ってはいない、か……。ま、そもそも『間違い』なんてないんだろうけど……恋愛だし。相手がどう捉えるかは、相手次第。

「そしたら、どうやら一度、階段でつまずきそうになった彼女に手を貸したのがきっかけだったらしー」

 えー! ナニソレ、キュンキュン展開!

「っつっても、会社の階段は薄暗いし、物件古いから、角度急なのはしょーがねーんだよな。で、俺にとっては、フツーに目の前に危なげな人間がいたから、ちょっと手を貸しただけってくらいのイメージで、詳しく覚えてもなかった。彼女が上り、俺が下りの立ち位置だったし、うつむいてて彼女の顔も見てなかったし。……で、それ以降、向こうは社内で俺を意識するーー視界に入りやすくなった、と」

「……一目惚れ、ですね」

「らしーな。……で、彼女、来月親にお見合いセッティングされてて、その前にこの気持ちをなんとかしておきたかったんだと……」

 うわー、なんか急に現実感……大人な恋愛事情って、感じ……なんか、複雑なんだな。確かに三十路すぎると、うるさくなる親って多いしな……この間も同級生チャット、そういう話題で盛り上がってたっけ。

 ……ってことで、今回の告白に至ったんだ。なんか、お相手……年上っぽそう! それもちょっと内気女子!

「要はサ、この話で俺が何を思ったかっつーと、『俺、関係なくね?』って……」

「え?」

 なんで?! なんでそうなるっ?! 話のド真ん中にいるじゃないですかー!

「いや、だってそーじゃね? あくまで彼女の事情、彼女の感情、彼女の高揚じゃん? 俺とたいして関わってもいねーうちに、彼女の中でデカくなっていってたとしても、それ、全然俺じゃねぇーし。……ンで、そんな状況と環境と背景聞かされて、浅い会話して、『どうですか?』って……ムズくね?」

 イラッとした私の眉間の動きを、彼は見逃さなかったようです。

「あー、今のもか。何、軽い? 調子に乗ってる? ケド事実だぜ? 俺はコクられる側として、本気でそう思ったし」

 ……あ、そっか。つまり、今吐いた毒が、言ってた意味!

「いえ……後味の悪さの程度が、よく理解できました」

「だろ? で、今の前提だけじゃ、告白前にほぼ接点がなかった俺の立場から見ると、告白されてどうですかって言われても……じゃあ付き合ってみましょうか、とはならないっしょ?」

「さっきの早坂さんの考えをベースにするなら、そうですね」

「どこ?」

 あ……。

 なるほど。

 そこだ。今回の件……。

 んー、言っていいか悪いかで言えば、多分彼はそれを求めてる。

 言いたくないってほど、心理的に遠い距離感の間柄でもない……うん、多分、彼は私の本音(コレ)がほしくて、出して来た話題なのかも……なら。

「あの……ぶっちゃけ言って、いいですか?」

「女子代表とは、受け取らねーぜ? それはマウリちゃんの経験うんぬんを言ってんじゃなくて、一個人の発想でしかなくて、人の価値観は色々、って思うから……。ケド、聞きたい」

 ごもっとも。そう認識してもらった方が、私も言いやすい。ってか今の返事で確信を持った。

 このひとときは、私がたまたま彼にコレを伝える役割を担って発生したんだ……よし。

 私は頷きました。

「やっぱり早坂さん、甘いんですよ。だからそういう微妙な苛立ちに終わる」

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