【ショートショート】光を育てるお仕事
「あっ」
さっきまで確かに手にしていたと思っていた光は、いつのまにか手からこぼれ落ちてどこにも見当たらなくなっていた。
(あー、またやっちゃった)
私の仕事は真っ暗な闇の中で、生まれてはすぐ消えていく儚い光を拾い集め、大事に大事に育てて大きな光にすることだ。毎日出社しては暗闇に身を投じ、静かに光が生まれるのを待っている。
「あんたまた落としたの?」
離れた場所から先輩の声が静かに聞こえてくる。先輩はとても優しい人で、入社したばかりで仕事がうまくできない私をいつも気にかけてくれている。
「はい、また落としちゃったみたいです」
「他のこと考えてたでしょ。もっと光に目を向けて、光のことだけ考えてあげないと」
「わかってはいるんですけどねぇ。1つのことに集中するのって難しいです」
「何も考えずにやってるからそうなるのよ」
先輩の言葉が途切れると、先輩のいる方角に大きな光が生まれた。きっと先輩がまたひとつ光を育てあげたのだろう。
「先輩すごいですね。私のところからでも先輩の育てた光が見えました」
「ありがとう」
「どうしたら私もうまく育てられますか?」
先輩の光を育てあげる技術に感嘆している私は、また教えを請うてみた。先輩に聞くのはこれで何度目になるだろうか。答えはわかっているのに聞いてしまう。
「真剣に考えることよ」
予想どおり、いつもと同じ真剣な口調で、いつもと同じ答えが返ってきた。耳にタコができそうだ。タコのお刺身は好きだけど、食べられないタコなど求めていない。
「私も真剣に考えてるつもりなんですけど、できないんですよ」
いつもなら「は~い、真剣に考えられるように頑張ります」と素直に答えているところだが、ついつい不満が口から出てしまった。
「そう、それじゃあ真剣に考えてた結果、どういう行動をしているのか教えて」
先輩は私の少しトゲの混じった不満にも、嫌な声音をにじませることもなく静かに問いを返してくれる。やっぱり優しい。
「そうですね、1つのことに集中できるように集中力に関する実用書を買って勉強中です。他にも休日は仕事がうまくできるようになるセミナーに通っています」
私の答えを聞いた先輩は「ふーん……」と少し考えるそぶりを見せる。思っていたより私が頑張っていたのに感心したのだろうか。もしかしたら先輩に褒めてもらえるかもしれない。
今まで仕事ではミスばかりしていて、悲しいことに褒めてもらったことは一度もない。でも、これだけ頑張っているんだ。そろそろ褒めてもらえるよね。ううん、褒めて。褒めて欲しい。
「学んだことを今の仕事にはどう生かしているの?」
「えっ……と」
予想外の問いかけに言葉が詰まってしまった。
答えに窮していると私の目の前に儚い光が生まれる。「あっ!」と、慌てて手を伸ばし、しっかり捕まえる。今度こそ集中して大事に育てあげないと。
光のことだけ考えていると、ふいに先ほどの先輩の問いが脳裏によみがえる。
――学んだことを今の仕事にはどう生かしているの?――
(私は学んだことをどう生かしているのだろう?)
「あっ」
さっきまで確かに手にしていたと思っていた光は、いつのまにか手からこぼれ落ちてどこにも見当たらなくなっていた。
(あー、またやっちゃった)
「あんたまた落としたの?」
暗闇の中、離れた場所から先輩の声が静かに聞こえてくる。
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