交通費支給や家賃補助は不公平な制度か?

先日、Twitterで見かけた議論で「交通費支給や家賃補助は不公平なシステム」というものがあったので、考えてみる。

交通費が月5千円の距離に住んでいるAさんと、月1万円の距離に住んでいるBさんが、同じ能力を有しているとする。会社はAさんに月5千円、Bさんに月1万円を追加で支払うわけで、当人たちの能力に関わらない部分で支給金額に差が生まれていることになる。

家賃補助の場合も同様で、例えば「会社から通勤1時間圏内に住んでいる人には家賃補助として2万円支給します」というシステムでは、会社の近くに住んでいるというだけで能力の有無に関わらず恩恵が得られる。

さらに言えば社宅や社員寮などのシステムも、その運営コストは社員全体に薄く広く負担してもらっているわけで、利用者と非利用者で不公平感が生まれる。

だから「交通費満額支給も家賃補助も社宅も社員寮も全部取りやめて、その分基本給や能力の高い人へのボーナスに振り分けようぜ、そのほうが公平だろ」というのが、1つの主張として存在する。もっと言えば忘年会や社員旅行などの慰安システムも、望む人と望まざる人で不公平感が生まれてもおかしくない。「社員旅行なんてやる金があるなら給料上げろよ!」と言う人だって現れるだろう。「有給休暇を買い取ってくれ」なんて言う人だっているのだから。

私はこの「不公平な制度全部取りやめて基本給一本化しようぜ!」主張に対し、ある程度は納得するものの賛成はしない。確かに不公平感があるのはその通りだが、そうせざるを得ない理由と、そうしたほうが良い理由がある。

まず、あらゆる手当を廃して全てを給与という形にしてしまうと、色々と問題が発生する。
1つ目は、税金の問題。給料として支払うよりも、福利厚生として処理したほうが税制上得になる場合がある。
2つ目は、業績悪化時の対応の問題。一時的に赤字になるなどして業績が悪化した場合、まず減らされるのはボーナスであり、次に減らされるのは社員旅行や忘年会などの福利厚生。なぜなら、いきなり基本給を下げてしまうと社員が反発し、反感を買うからだ。対して、社員旅行がなくなったことに真剣に文句を言う人はほとんどいないだろう。だが、最初から基本給一本筋にして福利厚生を用意しなかった場合、業績悪化時に手を付けるべき場所がボーナスと基本給しか残されていない。そして、給料を下げると社員のモチベーションが一気に悪化する。

上記に挙げたのは会社側の視点で、システム的な問題なため納得していただけないかもしれない。では、別の例を挙げる。

フランスでは「子供が1人増えるたびに毎月政府からお金が支給される」という制度がある。このおかげで「子供を産めば産むほど得をする」と考える人が多く、2人、3人と子供を作る家庭が多いのだそうだ。

これは「不公平」だろうか。
「遠くに住んでいて通勤にお金がかかるから、会社がお金を出してあげる」ことを「近くに住んでいる人に対して不公平」とするならば
「子供がたくさんいてお金がかかるから、国がお金を出してあげる」ことを「子供がいない家庭に対して不公平」となるだろうか。

言ってしまえば不公平である。確かに不公平だ。だが、必要な不公平だと思う。そもそも国は「子供が増えてほしい」と思っているのだ。だからこそあえて子供がたくさんいる家庭を優遇する”不公平な”制度を作っているのだ。得をしたければ、子供を作ればいいのだ。優遇される側になれば良いだけの話。

つまり、会社や国が不公平な制度を作るのは、会社や国が求める”ビジョン”があるからだ。国は国民にたくさん子供を作ってほしいから子育て家庭を優遇する。会社は会社の近くに従業員が住んでいてほしいから家賃補助を出したり、女性従業員層を厚くしたいから育休や育児手当を充実させる。それは確かに不公平かもしれないが、組織のビジョンがそちらに向いているのだから、下々の者は従うべきなのである。

それが嫌なら、別の組織に移れば良いのだ。「俺は結婚もしないし子供も作らない、有給休暇なんていらないし社員旅行にも興味がない。ただ金だけは欲しい」と思う人なら、福利厚生はないが基本給は高いといった会社に転職すればよい。住んでる国を変えるよりは簡単だろう。
組織の求めるビジョンと、自分の掲げる理想がマッチしたほうが互いに幸せだ。

私個人としても、不公平なシステムがあった場合はより優遇される方へ自分を動かす。もしそのシステムに不満がある場合は、システムの外に出る。そうやって生きて来たし、これからもそうするだろう。

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