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【高校古文】若紫・北山の垣間見(前半)〈源氏物語〉内容解説|万葉授業

こんにちは、よろづ萩葉です。
YouTubeにて古典の解説をする万葉ちゃんねるを運営している、古典オタクVTuberです。

ここでは、源氏物語の一節『若紫・北山の垣間見』の内容解説を記していきます。


原文

 日もいと長きにつれづれなれば、夕暮れのいたう霞みたるにまぎれて、かの小柴垣のもとに立ち出で給ふ。人々は帰し給ひて、惟光朝臣とのぞき給へば、ただこの西面にしも、持仏据ゑ奉りて行ふ尼なりけり。簾少し上げて、花奉るめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見給ふ。
 清げなる大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなえたる着て走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。
「何ごとぞや。童べと腹立ち給へるか」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見給ふ。「雀の子を犬君が逃がしつる、伏籠のうちに籠めたりつるものを」とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、「例の、心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。小納言の乳母とぞ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
 尼君、「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。おのがかく今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひ給ふほどよ。罪得ることぞと常に聞ゆるを、心憂く」とて、「こちや」と言えばついゐたり。
 つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ。さるは、限りなう心を尽くし聞こゆる人に、いとよう似奉れるが、まもらるるなりけりと思ふにも、涙ぞ落つる。

人物

惟光朝臣

光源氏の乳母子。

語句

乳母

この時代、位の高い女性は自分の子供に授乳をせず、同じ時期に子供を産んだ女性が母親の代わりに授乳していた。

その女性を「乳母」といい、乳母の子供が「乳母子」。

同じ女性が二人を育てることになるので、乳母子は本当の兄弟のように育つ。

惟光は光源氏が最も信頼を寄せる家来である。

山吹

襲(かさね)の色目の一つ。

襲の色目とは、重ね着や衣服の裏表の色合いの種類のことで、
季節によって配色を変えていた。

山吹は表が赤みのある黄色、裏が黄色の組み合わせ。

犬君

遊び相手の女の子の名前。犬ではない。

ここでは生き物を捕らえることを指す。

心を尽くし聞こゆる人

光源氏が限りなく恋い慕い申し上げている人という意味。藤壺の女御を指す。

背景

光源氏の母親・桐壺の更衣は彼が幼い頃に亡くなり、その後、父である帝の元に藤壺の女御が入内する。

藤壺の女御は桐壺の更衣にそっくりだった。

光源氏はこの藤壺の女御のことを好きになってしまう。
しかし彼女は父親の妻。

やがて光源氏は左大臣の娘・葵の上と結婚するも、藤壺の女御のことが忘れられず、
理想の恋の相手を探し続けるのだった。

光源氏が18歳の時のこと。

彼は病気になってしまい、治療のため、
北山に住む評判の修行僧を訪ねて加持祈祷を受ける。

この時代、病気になるのは物の怪の仕業とされていた。
(物の怪=人に取り憑く生霊や死霊などのこと)

そのため病気を治すには身体から物の怪を追い出すための祈祷が必要だった。

その祈祷の合間に光源氏はお寺の周りを散策する。

すると細い柴で作った垣根を巡らした、僧侶の住む建物に、女の子や女房たちがいるのを見つけた。
(ここでいう女房は、貴族などに仕える女官を指す)

意訳

春は日が長くて暇だったので、夕方になってあたりが霞んで見えるのに紛れて、
さきほど見つけた小柴垣のところへ向かった。

ほかの家来たちは寺に帰らせて、惟光だけをつれて覗いてみると、
西向きの部屋に持仏を置いてお祈りをしている尼がいた。

簾を少し上げて、仏前に花をお供えしている。

部屋の中央の柱に寄りかかりながら、お経が書かれた巻物を肘掛けの上に載せて、
病気なのかとても苦しそうに読んでいる。

その尼はただの尼には見えない。

40歳くらいで、非常に色が白く上品に痩せているが、頬のあたりはふっくらとしている。

目つきが美しく、肩のあたりで切り揃えられた髪型もむしろ長いよりお洒落だと思いながら
光源氏はその尼を見ていた。

綺麗な年配の女房が二人いて、さらに遊んでいる女の子が何人かいた。

そこに、白の上に山吹の衣装を着た10歳くらいの女の子が走ってきた。

その子はほかの女の子たちとは比べ物にならないほど、
将来はとても美しくなるだろうと思うような顔立ちだった。

肩まで伸びた髪の毛の裾は広げた扇のようにゆらゆらとしている。

泣いた後なのか顔を真っ赤にしていた。

「どうしたの?子どもたちと喧嘩でもしましたか?」
と言って尼が見上げる。

尼と女の子の顔が似ているので、おそらく母娘なのだろうと思った。

「雀の子を犬君が逃してしまったの。伏籠の中に置いて逃げないようにしていたのに」
と、とても残念そうである。

そばにいた女房が、
「またいつものうっかり者が、そんなことをしてお嬢様に叱られるのも困ったものですね。
雀はどちらの方へ向かいましたか。
だいぶ馴れてきて可愛かったのに、烏などに見つかったら大変」
と言いながら立っていった。

長い髪の毛がゆるやかに動く後ろ姿も感じの良い女性である。

小納言の乳母と呼ばれているから、この女性はあの美しい女の子の世話係なのだろう。

尼は、
「あなたはいつまでも子どもで、困ったものですね。
私が今日明日までの命かもしれないというのになんとも思わないで、雀の方が惜しいのですね。
生き物を捕らえてはいけないといつも言っているのに」と言って、
「こちらへいらっしゃい」と言うと、
女の子は座った。

顔立ちはとても可愛くて、眉のあたりも美しい。子どもらしく髪をかき上げた額の、髪の生え際なども可愛らしい。

成長していく様子を見てみたいと思った。

なぜこんなにも目が離せないのかと考えて、
その女の子は源氏が恋い慕っている藤壺の女御にそっくりなのだと気づいた。

そう思っただけでも藤壺の女御への気持ちを思い出して涙がこぼれた。


ここに出てきた美しい女の子こそ、源氏物語のメインヒロイン・紫の上となる人物です。

彼女は一体何者なのか?
この話は後半へ続きます。

ご覧いただきありがとうございました🖌️

後編はこちら

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