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小説「あかつき」2/4
——二人の逃げ
関ヶ原SAで二人はタクシーを降りた。雑談しながらフードコートに入り、「何を食おうか」とか「ちょっとくらい贅沢してもいいよね」とかと話していると、少女Aのスマホが揺れた。「ちょっとゴメン」と言い、事を急くように画面を起こす。一件のメールが届いていた。——母や祖父からではなく、父から。
——母さんたちに、反省する気は全くないみたいだ。もうすぐ「条件をのんだフリ」のメールが届くだろうが、信じるな。警察が絡みはじめたから、その携帯のGPSが手がかりになってしまうかもしれない。……何につけても父さんは、君の自由を尊重する——
つまりこう言っていた。「戻ってこないほうがいい。スマホも処分すべきだ」そして
「好きにやれ。責任はぜんぶ父さんに押し付けろ」
父への感謝と家族への失望が同時にやってきて、何も考えられなくなった。現実の問題から目を背けたくなった。
ふと顔を上げると、少年Aが何やらフードコートの奥のテレビを見ているようだった。
——選手が一人ゆくえ不明——
——開会式は滞りなく進行——
「あのニュースが気になるの?」と後ろから尋ねると、少年Aは「えっ、あっ……いや、アレを見てた」と、テレビ画面の横のポスターを指さした。
——京都戦史資料館、戦国時代イベント開催中!——
「興味あるの?」
「そ、そうだよ」
ここまで雑談を進めて、少女Aは自分がただ現実逃避しようとしているだけだと気づいた。
「コロナで中止されてるじゃん。ほら、下にメモみたいな張り紙がある」
しかし、現実に目を向けても何ができるわけでもなかった。好きにしろと言われたって、何も打開できそうにない状況で何をしろというのか。
「そうみたいだね。残念だなあ……」
しばらくポスターを眺めた。……そうだ。できないことは、やらなくていい。やりたいことを、やればいい。
「ねえ。私、帰れなくなっちゃった」と笑ってみせる。少年Aは黙ったまま。
「——行ってみよっか、そのイベント」
「えっ、中止になってんじゃん」
困惑する少年Aに少女Aは言う。
「でも、『できること』だよ」
——刀
閉鎖され無人になった建物への侵入は意外と簡単だった。照明もなく、採光窓からの光だけを頼りに歩き回った。
——へえ、辞世の句ってこんなのがあるんだ。——
——カブトってこんなに種類あるんだ。——
——日本刀って時代ごとに違いがあるんだ。——
奈良から出土した劔を見て、歩き、京都から出土した太刀を見て、歩き……
少女Aはふと戦国時代の武器コーナーで立ち止まった。
「どうしたの?」
「この刀、私の家にあった、あの刀と全く同じだ。自分で組み紐までほどいたからわかる。色使いも組み方も一緒だし、名前も一緒。……飾りもぜんぶ同じだ」
紹介プレートを見ると、「同じものは二つとない」と書かれている。
「あの刀、変に軽かった。たぶん、本物の玉鋼じゃなかったんだ」
それはつまり、祖父がニセモノを新聞広告につかまされていたということだった。
「そんな、後から調べれただろうに、なんでずっと気づかないなんてことが。だいいち、新聞広告でニセモノが売られるだなんて」と少年Aが言うと「無理もないよ。お祖父さまにネットは使えないんだから。テレビや新聞で受動的に情報を得てたって、たった一つの刀が今どうなってるかなんて知れるはずがなかったんだ。新聞広告でニセモノが売られて話題になったって、ネットにとどまるだけで新聞ではほとんど取り上げないし」と返し、少女Aはその刀にそっと触れた。
「ねえ、コレ、もらっていいと思う?」
「展示物を?」少年Aが聞くと、少女Aは妙な笑み一つで応えた。その目の中には失望の痕跡と退廃があった。
——でも、「できること」だよ。——
今をなんとかするのは、もうできないこと。だけれど、今楽しむのはできること。だから、後のことは考えずに、やりたいことをやりたい。どんどん、ダメになってしまおう。そう語りかける深い茶色の瞳があった。
少年Aは、彼女の破滅願望に乗ることにした。
「ま、いいんじゃない」
次回「あかつき」3/4
これは、私が2021年7月に文芸同好会で作った作品です。
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