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世界の果ての在るべき夜に私は犬を抱く



世界の果ての在るべき夜に私は犬を抱く

彼女は単眼で生まれそれ故疎まれ排撃され世界を放浪しましたが
場所によっては神とあがめ豪奢な神殿に住まわせようとする国もありました。

でもそれはそうすることによってその国の権力者達が彼女を利用して都合よく戦争を始めたいだけだったので
どちらにしても疎ましくその為に世界のあらゆる場所を彷徨う事になりました。

とても寒い場所で1人で過ごしたいと思い氷河を渡りなにもかもが凍り付いた世界にも行きましたが
そんなところにも人は暮らしていてやは り好奇の目でみられるだけのことでした。


そうやってとても長い時間を彷徨い密林に覆われた小さな集落に辿り着いたのですが
そこの住人達は特に彼女に関心を持たず話しかけてさえこなかったのでそこに暮らす事にしました。


食べるものはその辺の木になっているものを口にすればよかったし
時々は住人達が食べきれない肉や穀物をわけてくれたのでそれでようやく落ち着いた暮らしを得れたのです。

彼女は旅の途中から一緒に暮らす様になった大きな2匹の犬と昔この辺りを勝手に支配していた外から来た一族が残していった大きな家で暮らしました。
それはやっと訪れた平穏な日々でしたがそれでも夜になると彼女がこれまで見て来た世界でのあらゆる理不尽で残虐な現実に苦しめられるのでした。


抗いようも無い強大な兵器で家を焼かれ逃げ惑う人々や何をしたわけでもないのに権力者達の都合で殺される人々。

親を失った子供達が餓えや病いで倒れていくのをどうしても助けられなかった昨日が彼女を苦しめたのです。


そうやってながいながい時間苦しみ続けていましたが一緒に暮らして来た犬達もこの世を去りやがて彼女にも死が近づいてきたのを理解しました。


彼女は死を悟ると僅かなものしかありませんでしたがそれを住人達に分け与え来た道を戻り
かつて保護と言う名目で監禁し様々な実験を繰 り返した大陸の研究施設に向かったのです。


そこには良い思い出等何一つありませんでしたが望みを叶えるにはそこしかないと考えたのです。


その望みとは自己の記憶の全てを封印し自分のいなくなった世界に残す事でした。


彼女の記憶の殆どは無惨で悲しいものでしたがそれたがらこそ残さなければならないと初めて強く願ったのです。


どれだけ辛い悲しい想いだとしてもそれが避けられない結果だとしてもやはり自身が選んだものであって
その記憶こそが自己そのものだと考えたのです。


彼女には家族も友人もそういったものは無くて誰になにかを残すと言う事ではなく
そうあり続けた自分を自分の満足の為に封印して残 そうと。


それさえ残せれば後にはもうなにも必要ない 
体を切り刻まれてあらゆる薬品を注入されて ホルマリンにつけられて瓶に詰められるとしても
もう充分に世界とあらゆるものを見て来たし感じて来たしだからそれで良いと考えたのです。


確かに彼女は満足していたし後悔もありませんでした。


だから冷たい大きな鉄扉を躊躇なく開く事ができたのです。


おそらくその先で待っているものが無惨な死なのだとしても。


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