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1話・ある日、突然やってきたオファー

1.ご指名の電話

あれは2012年の旧正月である1月23日から3日前のこと。突然、知人の福建人社長から電話がかかってきた。

「このまえ、仕事を探していると言っていたよね。今は何か?」

「いいえ。ニュースでは氷河期の雪解けなどと吹聴してますけど、なかなか・・・」

「じゃあ、まだ求職中なんだね。よかったら、今度の月曜日にうちに来てよ。いま、山東省にある会社の社長さんが来ていて、誰か日本人を紹介してほしいと言っているんだ」

「わかりました」

断る理由はなかった。

大学を卒業後、就職氷河期でろくに仕事は見つからず、場当たり的に副業的な仕事を転々としているうちに、20代の時間は坂を転がり落ちるように終了してしまった。

30代になって、平日の日中に私服で一人出歩くこと自体が、妙に目立つように思えてきて、いよいよ気は焦るものの、かといって企業は経験を訊いてくる年齢。これといって、スキルも資格もない自分には、結局、非正規雇用ぐらいしか門戸は開いていない。

中国に対しては、90年代から目覚ましい発展がニュースを躍らせる一方で、日本国内における中国人によるマナーの悪さや、犯罪行為が、社会問題になっており、個人的にもそれが遠因で、中国自体にはあまり関心がなかった。

が、えり好みできる状況でも立場でもない。それに、もともと関係がないと思っていた方面から、お誘いが来るのは何かの縁だ。縁は大切にしたほうがいい。

そう考え、ワードで作成した履歴書を一部書き換えプリントアウト。クローゼットのなかにしまい込んでいたスーツから、クリーニングのビニールとラベルを引きちぎって面接に備えた。

2.社長と面談

面接というと、スーツを着て、指定された会場に行き、受付で手続きを済ませ、呼ばれるまで廊下や控室で背筋を伸ばして無言でまち、呼ばれたら一部の隙も見せずに面接官と相対する。ましてや、相手がそれなりの規模のビジネスを手掛けている社長ともあれば・・・。

だが、実際には、見慣れた福建社長の自ビルの一画にある、ちょっと広めの多目的室で、学食にあるような大人数が座れてモノが置ける幅広のテーブルをはさんで、きさくに紹介された社長と話す形式だった。

テーブルを挟んで向かい側に、知人の福建社長。その左側に、山東省から来た社長。やせ型と、恰幅の良いタイプの対照的な二人が目の前に並んでいる。

私の右側には日本に留学中の山東社長の娘。彼女が通訳替わり・・・のはずだったが、やはり業務的な話題を即時通訳するにはコツが必要なので、苦しそうだ。結局、日本在住歴30年の福建社長がやってくれることに。

3.「あなたの顔の相・・・」

履歴書を社長に手渡して、福建のほうが「ああ、ちゃんと働いたこともあったんだ」と感心したような、驚いたような顔をし、山東のほうは気にせず内容に目を落としている。・・・漢字は使ってあるけど、日本語読めないよね?

促されるままに、こちらも氏名と年齢・これまでの略歴などの自己紹介をはじめ、長所に短所、今回の仕事に対してなにができるかなどを聞かれる。超オーソドックスな面接。もとい、面談。

真剣にやってはいるが、日本人同士のあの無駄に張り詰めた緊張感もない。

2人の社長と私(と隣で物言わぬ花と化してる娘)の間で、しばらく雑談や冗談を交えたやり取りが交わされたあと、募集主はこういった。

「のちほど選考結果をお伝えします。私としては、あなたの面構えが気に入った。相がよろしい」

中国の場合、その場で採用の可否が言い渡されることが多いと聞いていたので、ちょっと驚いたが、彼なりに日本の習慣に配慮したのだろう。相手のほめ方が、実に中国人らしく、こちらも気が和んだ。

その翌日には、採用内定が決まったと、福建社長から電話をいただいた。

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