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不思議夜話26            ◆逃げ場のない火事は恐ろしい…◆

 午後から体育の授業が始まるというので、体操着に着替えて教室を出ると、いつの間にか洞窟の通路を歩いていた。
 彫り抜いただけのゴツゴツした岩肌が続き、ヒンヤリとはしているが微妙な湿度空間を学友たちと相前後しながら歩く。暫くすると、2,30人が優に寛げるほどの空間に出た。広さはあるのだが、天井が低くその分圧迫感がある。一部がテーブル状になるように工夫されており、その上にペルシャ絨毯が何枚も重ねて置いてあった。見ず知らずの女性が、その絨毯を一つ一つ捲りながら、
「乾かしているんだけど、ちっとも乾かないのよ」
と困り顔で呟いている。
ペルシャ絨毯の販売シーンは、先日旅行で降り立った鹿児島空港でも有ったなと思い出したが、そりゃこんな湿度のある場所では乾かないよなぁとつぶやきながら通路を先に進むと、洞窟そのものが狭くなってきた。私は多少閉所恐怖症気味なので、尾てい骨あたりがもぞもぞとしだし、歩みが遅れがちになる。いよいよ耐えられなくなり引き返すことにした。先程の女性が絨毯をめくっていた空間には出ずに、やがて眼の前に現れた木製の引き戸を開けると、昔通った小学校のの廊下に出た。教室も廊下も木造で柱や板壁が暗さを帯びた茶色をしており、休憩時間か何かだろうか、教室から大勢の人がどやどやと出てきたが、小学校のはずなのに何故か大人の行列になっている。ほとんどは見ず知らずの人の群れなのだが、数人だけ幼い頃この校舎に通った学友が、成人した姿で歩いていた。声を掛けてみたが気づかないのか知らん顔して過ぎてゆく。
 廊下から戸外に出ると、そこは昔勤めていた会社の屋上だった。学舎だと思っていたのは、その屋上に取って付けた様に立ててある木造の平屋群だ。屋上にこんな小屋があったっけと、不思議に思いつつその軒先を歩いていく。すると、軒瓦の先にポツポツとこぶし大の小さな炎が見える。その隙間から薄黒い煙も漂ってきた。誰かが、「火事だ!」と叫んだので、屋根全体を見渡すと、瓦のあちらこちらから炎が吹き出し、黒煙が立ち上っていた。これは大変なことになったと大慌てでその横の階段を駆け下りると、昔の勤務先に居たアルバイトの若い女性が所在無げに立っている。
「火事だ!」
と告げると、
「そうなんです。連絡を取っているんですけど無線機を上手く使えないんで!…」
と言いながら手に持った小さなトランシーバーのボタンをあちこちと触っていた。両肩からクロスに掛けたベルトには、大きめのものも含めて3台ほどトランシーバーがぶら下がっている。
昔、担当していた仕事で長期に亘りイベント会場のコントロールセンターで、各方面から流れてくる無線連絡を中継、伝達することを業務にしていたことがあるのを思い出し、その娘がぶら下げているトランシーバー1台を受け取るとスイッチを入れてマイクに話しかけた。
「こちらコントロールセンター! 無線機お持ちの各局は、この声が取れましたらご返事お願いします!」
2度繰り返すと、弱い信号が入った。
「✕✕です!コントロールセンター取れますか?」
一緒に洞窟に入った高校時代の学友の声がスピーカーから流れてきた。
「火事や!! 早う逃げろ!!」
慌ててマイクに叫ぶ。
「判ってる!」
と返事が有ったので、
「こちらへ戻ってこないと大変なことになる!」
と伝えた。
すると、意外にも落ち着き払った声が聞こえてきた。
「ああ、判ってる。けど、戻れるならもうそっちへ出てるよ。途中が火や煙で戻れんような事になってるんや!」
絶句した。
そりゃそうだろうな。それなりに時間も経っている。戻れる状況であるなら、もうこちらへ出てこれているだろう。先方は諦めの境地だろうが、こちらの気は焦る。
「いや、でも…、何とかできんのか?!」
「無理やな。火の回りが早いから…」
「消防も来るから、持ちこたえろ!」
虚しく意味のない会話だけが中空を飛ぶ。暫く有って学友が返事をした。
「おい、そっちに▢▢のオヤジがおるやろう。はよ替わってくれ!」
スピーカーから叫び声がこぼれ落ちる。▢▢も高校時代の学友の一人だ。周りを見ると、目を真っ赤にした▢▢の父親がこちらに向かってきた。野次馬も含めた人だかりが、ホースを取り回して消火活動をする隊員とも交差して大騒動になっている。回転する緊急車両の赤色灯が、その姿を映し出しては消していた。その光景が鼓動のようで、嫌が上でも緊迫感が押し寄せる。私はトランシーバーを▢▢の父親に渡してその場を後にした。父親はそれをもぎ取るようにして話しかける。
「▢▢か!!お前……」
後ろで父親が▢▢と話す声が、周りの喧騒の中で次第に掠れていく。

 私はその様子を背後に感じながら”何か”の終焉だと思った。それが何だったのかあれこれと自問していると次第に意識が戻り目が覚めた。

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