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【掌編】腕時計

「腕時計」

腕時計がジッ、と音を立てて止まった。
死んだ友人の時計だった。
やるよ、とすぐぞんざいに物を寄越す男だった。そのくせ気に入ったものは掌におさめて案外と気にかける。
けれどそれもまた、気まぐれに興味を失い、またぞんざいに人に寄越すのだ。
時計でも手巾でも財布でも女でも男でも。



今にして思えば。
あの男は、気まぐれであったわけではなく、本当は何に対してもぞんざいであっただけなのかもしれぬ。奴の、見境なく懐に入れたものを気にかける、というその行為は、自分がきっとそのようなこともできる人間だ、と信じてみたかっただけなのだ。


俺はそんなふうには生きられぬから、あの男に寄越されたものにそれなりに情をかけ、形は違えどいまだに気にかけて暮らしている。
いまや俺は死んだ男の遺したものばかりに囲まれて生きている。
腕時計も手巾も財布も女も男も。




(実のところ、俺はどこかで、奴の心が何にも平等に、傾かないことに安堵していた。
俺に傾かないということは、他に傾かないことへの証左でもあった)



俺はあの男の、やるよ、とものを寄越す声音が、好きだった。




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[Profile]

マナ

パフォーマンスユニット"arma"(アルマ)主宰。朗読とダンスが融合した自主企画公演を上演している。ミュージカルグループMono-Musica副代表。キャストとして出演を重ねている他、振付も手掛ける。
ここには掌編小説の習作を置く。
お気に召さずばただ夢を見たと思ってお許しを。


#小説
#短編小説
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