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【掌編】月の耳

月はとっても耳がいいのよ、と母は言いました。だからお前が悪いことをしたら、お月様にはすぐにわかってしまうの、と母は必ず続けるのでした。


それだから、私は月が怖いのです。夜が怖いのです。



月の光はたとえどんなに扉を閉ざしていても、夜の空から降り注ぎ、ひたひたと私の領域をしたたり侵すのです。


私は妹の人形を壊しました。壊した人形に、妹の泣き疲れ眠る頬に、月の光が侵食します。
私は父の万年筆を盗みました。盗んだ万年筆をそっと隠した抽斗に、月の光は浸み込みます。
私は友人を崖から突き落としました。夜の窓から眺めるその崖に、月の光はしとしとと降り注ぎます。



月の光はたぷたぷと、地下室に閉じ込めた母の亡骸を沈め、私の耳に入り込み、私の口から溢れ出し、私の家を満たしていきます。


それだから、私は苦しいのです。息ができないのです。
妹が、父が、友人が、母が。
他の誰が赦しても、月だけは赦してはくれないのです。


あ、あ。



私は、


今にも、


月の

光に溺れ、て。



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[Profile]

マナ

パフォーマンスユニット"arma"(アルマ)主宰。朗読とダンスが融合した自主企画公演を上演している。ミュージカルグループMono-Musica副代表。キャストとして出演を重ねている他、振付も手掛ける。
ここには掌編小説の習作を置く。
お気に召さずばただ夢を見たと思ってお許しを。

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